夏
夏は君の色だね。ぼくがそう言うと君はキョトンとした。その顔は今でも鮮明に覚えている。
じわじわと焦がすように日差しが照りつける。
真っ青な空に大きな白い雲。そんなありきたりな夏の空をミツは軒下で一人眺めていた。
するとミツは後ろからドンっと押された。あと少しで庭に転げ落ちるところだった。
ミツが驚いて後ろを振り返ると、切り分けられたスイカを持ったトビが立っていた。トビがミツの背中を蹴ったのだった。
「へっへ~、驚いた?」
「そ、そりゃ驚くよ!」
驚くミツにトビは満足そうに笑った。そんなトビにミツは本当に起こるようなことはしない。
それでもミツは少し怒った素振りをしてトビから顔を背けた。
「そんな怒んなよ~」
トビは悪びれず、どかりとミツの横に座る。
「一緒にスイカ食おうぜ!」
ニカッと笑いながらトビはミツに切り分けられたスイカを一つ差し出した。
それをミツはちらりと横目で見てから受け取った。
「……ありがとう」
小さな声でお礼を言いながらスイカを受け取るミツを見てトビは満足そうに笑った。
「蹴とばして悪かったな。でも、ミツもぼんやりしてるからだぜ? 何回も呼んだのに」
「呼んでたっけ? ごめん、気付かなかった」
気付いていなかったことに申し訳なさそうにするミツに対し、トビはさして気にしていなかった。
トビはがぶりとスイカにかじりつき、種を庭に飛ばした。
「ミツは食わねえの?」
「た、食べるよ」
そう言って、ミツはしゃくりとスイカを齧った。
ミツは種を取り出すのが上手くできないのか、口の中でもごもごさせた。
「ミツは相変わらずスイカ食うの下手だな~。種なんか飛ばせばいいじゃん」
手本を見せるようにトビは種を飛ばした。
「……ぼくには、出来ないよ」
「あっそ」
出来ないことに不貞腐れるミツにトビは素っ気なく返した。
ミーンミーンとセミが鳴き、じりじりと日差しが二人を焼く。
「……なぁ。今日も景色切り取る?」
トビは食べを割ったスイカの皮を突きながらミツに尋ねる。
するとミツはぱあっと顔を明るくし、大きく頷いた。
「行こう!」
そうして二人は庭を飛び出した。
大きな入道雲の浮かぶ夏の空、赤や青の朝顔。黄色く輝くひまわり畑。きらきらと輝く海。五月蠅く鳴く蝉も樹液に集まるカブトムシも全部切り取った。
「ねえ、夜になったら花火も上がるよね。それも切り取りたいなぁ」
無邪気に言うミツにトビは少し寂しげな顔をした。
「無理だよ」
「どうして?」
「だってミツんとこのおばさん、厳しいじゃん。夜は家から出してもらえないよ」
ミツの家は少し厳しく、夜になると家からは出してもらえなかった。
そのことを思い出してミツはしょんぼりとした。
「きっといつかは見れるよ」
トビの言葉にミツは微笑んだ。
「そうだね。いつか大人になったら、きっと見れるよね。そしたら二人で見に行こう?」
「……いつか、見れたら素敵だろうね」
ミツはいつか見られると信じる花火に思いを馳せ、そのことで頭がいっぱいになっていたからトビがどういう表情をしていたかは気付かなかった。