第16話 権力で頬をぺちぺち
「ちょっと待ってちょっと待って。クリーチャーが街中にとか、隠蔽効果のある魔道具とか、いきなり話が飛躍して良くわからないよ!?」
カイネさんは私やイオリ・モノルのただならぬ様子に、さっきの絶叫はどこへやら、おびえた表情です。それもそうです。さっきまで友人に届いていた手紙の謎を解くべく都にくり出していたのに、その都にいないはずの危険生物がいるかもしれない、という話になっているわけですから。
正直私も何が何だか、というところ。
ただ、一旦感知したクリーチャーは現在も姿は見えませんが捉え続けられてしまっていて、気のせいということにはしてはおけません。
「カイネさん、情報が足りなくて混乱しているのは私も同じです。……それで、モノルさんに質問があります。一つはなぜあなたはカイネさんのお兄さんを追いかけていたのか。もう一つはなぜ隠蔽効果のある魔道具を持っているのか」
私はイオリ・モノルの方を向きました。彼女は、儚げ美少女はどこへやら。イライラとした様子で答えます。
「ある人間から、これを持って、休日をつぶしてリプトン卿を見張れって言われただけ。残念だけど、あとは何も知らない」
わざわざ、カイネさん兄を指定するなど、この件について色々事情を知ってそうですけど……。
「それ渡してきた人、侯爵令嬢のあなたに命令なんて、何者なんですか?」
「相手を舌先三寸で丸めこむ、おおざっぱで能天気なデリカシーのない男よ」
即答されました。
うわ、すごく嫌そうな顔をしている。これはいいことを知ってしまいましたね。
「そうですかそうですかそうなんですか」
「何ニヤニヤしてるのよ」
再び私とイオリ・モノルとの間に不穏な空気が流れ始めると、耐えかねたカイネさんが割って入ってきました。
「あああもう、ケンカしないで!と・に・か・く!もういる前提で話しちゃうけど、キーラさん、クリーチャーはどこにいるの!?」
イオリ・モノルには所かまわずマウントを取っていくスタイルの私ですが、精神年齢は大人なので、隠し事をする人とは違って情報共有ができます。
「いまだに一定間隔をとってお兄さんを追跡しているみたいです。他の通行人にぶつかっている様子もないので、おそらく避けてるか飛んでます.クリーチャー自身が姿を隠す魔法を使っているのに加えて,その魔道具の効果もあるので誰も気がついていないみたいですね」
シエナさんとカイネさん兄は、先ほどまでいた園芸用品を扱う店が集まる小道を、あっちへこっちへいろいろ見ながら楽しそうにしています。彼らの進んでいる方向を考えると、このまま都内に存在する大きな庭園に行くようですね。……都の中心と比べると人口密度が低いので、もしかしたらそこでクリーチャーに襲われてしまうかもしれません。
「見えていないのにどういう感知能力してるの、あなた」
まあ私は、スーパーイヤー持ちなので。のちに力、知、権力を手に入れる人間なので。
「ふふん、姿が見えるようにする方法は簡単ですよ。モノルさん、あなたが持っているその魔道具を壊して発動式を停止させればいいんですから」
街中でクリーチャーが現れたなんてことになったら、人々は混乱状態になってしまい、シエナさんたちもデートどころではなくなってしまうかもしれません。そのため、本当は壊してほしくないのですが、先ほどの発言から考える限り、こいつがそうすることはないでしょう。
私の予想通り、イオリ・モノルは、
「それは無理。たぶんこれを渡してきたやつは、周りに気がつかれずにさっさとクリーチャーを始末しろって暗に言っているみたいだから」
「どういうこと……?」
私と疑問を浮かべるカイネさんをじっと見つめた彼女は静かに言います。
「……この件は私が片付けているから、あなたたちはもう帰っていいわよ」
ほう。
「見えないのにどうやって対処するんですか?私がいたほうが簡単なんじゃないですか?」
「手段なんていろいろあるわよ」
悔しいですが、この女は優秀だと私の勘が告げています。確かに何らかの方法で、最終的にはクリーチャーを排除することができるでしょう。……しかしそれが最善かどうかはわかりません。
そこにカイネさんが、
「いやいやいや、なんで二人は自分の力で解決しようとしてるの!?衛兵の人とか冒険者の人に知らせようよ!」
「そうですね……」
「そうだよキーラさん!」
「じゃあ私は勝手にやるので、モノルさんも勝手にしてください」
「なんでその結論になった!?」
カイネさんがさっきからツッコミをしすぎて、肩で息をしています。大変だなぁ。
諸悪の根源イオリ・モノルはにっこりとほほ笑んで言いました。
「ええ、そうするわ。それから、ねぇリプトンさん?」
「へ?」
「最近、私の家とあなたの家で大きな取引があったらしいけれど……、あなたのふるまい次第じゃ、それもどうなるんでしょうね」
「!?」
「決めるのはお父様だから、ね?これはただのつぶやきよ」
うわー、横暴な貴族の圧力です。権力で頬をぺちぺちしている様が脳裏をよぎります。
友人であるカイネさんを安心させるべく、なんとか励ましの言葉をかけてみることにしました。
「カイネさんカイネさん、私がなんとかしますので心配しないでください」
「ほ、本当?」
「クリーチャーぶっ潰してやりますよ」
「本当に大丈夫?」