第12話 逆ナン戦士
どこぞの隣人のせいで夕食にありつくことができなかった翌日、私、シエナさん、カイネさんの三人は都の方へくり出すことにしました。
主な目的としては、都に遊びに来た男子学生と接触することで、リアルタイムの男子部の情報を入手することです。
昨日見つけた地下経路を探索することも一手ですが、わざわざ外出許可を出したのですから、ここは都の方へ行くのが効率的です。二手に分かれることも考えましたが、自分の目で情報を確かめた方が良い時もあります。よって今回は三人で行動します。
ちなみに、一昨日外出届を出した目的である、『一旦寮の敷地外に出て、手紙を敷地境界ギリギリまで魔法で運んで後は自然の風に任せる』という実験を行いましたが、狙った位置に着陸させるというのはやはり無理でした。
手紙の主は地下経路を通って、女子寮内に侵入していた可能性の方が高いでしょう。
学園は都の郊外に位置します。都と学園間の移動は徒歩だと時間がかかりすぎることから、基本的にはこの区間を走る馬車(厳密にいえば馬が動力源ではないので『馬車』ではないのですが、皆『馬車』と呼んでいる)の高速定期便を利用して行き来をします。万が一、帰りの便に乗れなかった場合は徒歩でなんとしてでも帰れとのことです。この学園には上流階級の子女が多いはずなのですが、そんな対応でいいのでしょうか。
私たちは誰かが遅れることもなく、行きの便に乗りました。昼下がりの午後の便で帰ってくれば良いでしょう。
「キーラさんと外出するの初めてだね。なんだか楽しみだな」
カイネさんが窓から風景を眺めている傍らで、シエナさんが話しかけてきました。
「そうですね。私も編入してから学外へ出るのは今回が久しぶりなので、都はどうなってるのか気になります」
編入以降の休日は自己鍛錬をしていた都合上、私は私の庭である都の徘徊はしばらく行えませんでした。私が不在の間に変化があったかは把握したいですね。
外を眺めていたカイネさんがこちらに向きなおして会話に参加してきます。
「私は都から実家の領地が遠いから、実はそんなに都のこと詳しくないんだよね~。こんな感じでたまに外出することはあるんだけど」
「リプトン伯爵領は西の方にあるんでしたよね」
頭の中にある地図によると、川に面したリプトン伯爵領は国土の西側に位置しており、確かに国土の東寄りにあるここからは距離があります。
「そうそう!川用の船を作ってるから遊びにきてね!去年シエナが来てくれたときは雨で船に乗せてあげられなかったけど、今年こそは乗ろう。3人で!」
私は生まれてこの方、都周辺の地域から出たことがないので、こういう誘いをしてくれるのは心情的にも権力欲的にも嬉しいですね。遠慮せずにふてぶてしく行きます。
ある程度馬車に揺られたのち、私にとっては慣れた場所である、この国最大の都市『コクレア』、通称『都』につきました。基本的にこの国の人は『コクレア』のことを『都』と呼ぶため、きちんと名前で呼ぶ人は大体が外国人です。
「……そういえば、家族とか先生以外の男の人としばらく喋ってないかも」
馬車から降り立ったシエナさんがぽつりと呟きます。
カイネさんも若干緊張した表情になって、
「ううう、いや!でもたぶん大丈夫!今日はキーラさんがいるし!」
彼女たちはかれこれ学園に入学してかれこれ数年、ほぼ女子しかいないコミュニティで過ごしてきた箱入りのご令嬢です。いきなり、同世代の面識のない知らない男子と喋ろう、となるのは厳しいところがあるでしょう。
「大丈夫です、まかせてください。都に土地勘ありますし、人から話を聞き出すのは得意ですから」
男子学生を見つけることは簡単でした。なぜなら、男子部も女子部と同じく、大多数は上流階級の子女。都に遊びに来たと言っても、表通りの上流階級向けの店が多くある地区にしか足を運びません。
「シエナさん、カイネさん。あの人、男子部の学生ですよ」
店の前でキョロキョロとしている同世代くらいの男子を指さして二人に伝えました。
「キーラさん、良くわかったね……」
「では、少し話を聞きに行きましょうか」
「え!?心の準備がまだできてないよ!?」
「私が話しかけるので」
そわそわした二人の手をとり、その男子学生に近づいていきました。
「すみません、もしかして学園の学生の方ですか?」
「ん?君たちは……?」
突然話しかけてきた女子3人組に驚いたのか、彼は目を丸くしています。
「私たちも学園の女子部の学生なんですよ」
私はかわいい系守ってあげたい美少女の笑顔を駆使して、男子の警戒心を解きにかかります。
「ああ……、そうなのか?僕も、君の言った通り学園の学生だ。第5学年の」
「ええ?じゃあ先輩なんですね!」
私がニコニコと逆ナンを始めた横で、二人の「!?」という雰囲気が伝わってきます。
先輩と呼ばれて悪い気がしないのか、やや顔を緩ませつつ、
「君たちも都に遊びに来たのかい?」
「はい、友達と3人で来たんです。ね?」
同意を求めた二人はこくこくと頷いています。
「先輩もお友達と?」
「ああ。アイツ、『寮の裏に用事があるから先行っててくれ』っていうから、僕が先に学園を出てきて、ここで待ち合わせだったんだがなかなか来なくてね。まあちょっと問題を……」
ほう。
「え?大変ですね…」
いかにも心配した声色で言うことで、裏を探られないように気を付けてみました。
「ああ、いや、大したことじゃないんだ。……あれ、君どこかで見たような」
男子学生はそう言って、カイネさんをまじまじと見ました。
「あ、兄が第5学年なので、もしかしたら」
カイネさんがそう言いかけると、男子学生は合点がいったようで、
「……あああ!君もしかしてリプトンの妹か!?」
と大きな声で言ったのでした。