第11話 無限開閉合戦
私が地下通路から戻ってきた後、休憩ということで各自部屋に戻りました。私も自室で少し汚れてしまった服を着替えます。そして、今日のことを紙にまとめる作業をして、情報整理をしました。
さて、寮の裏や地下通路の探索をしているうちに、午後もだいぶ時間が過ぎてしまっていました。もう夕食の時間帯であることから食堂に向かおうと思い、部屋の扉を開けます。
ガチャリという開閉音が二つ響き、私は部屋から出ようとしました。
……ん?
扉の開閉音が二つ?
その音は自分のもの以外に隣から聞こえてきました。
ゆっくりとそちらに目を向けると、
「……」
「……」
あのいけ好かない、イオリ・モノルが私と同じように部屋から出ようとしていたのです。
「……あら、こんばんは。ホーンボーンさん」
「……こんばんは。モノルさん」
これは個人的な感情であり理屈では説明が付かないどうしようもないことなのですが、全くもってコイツと同じ動作をするのは気に食わない。よって、一旦出るのを中止。部屋の中へと引き返すことにします。
引き返す瞬間隣を見ると、
「!?」
イオリ・モノルは再び部屋の中へ戻ろうとしていました。
「…別に気にせず部屋を出てもいいんですよ、モノルさん?」
朗らかに微笑んで言った私に対し、
「私は何かを気にしたわけでは全く全然なく少し用事を思い出したので部屋に戻ろうとしただけよ。あなたこそ、どうしたの?部屋を出てもいいのよ、ホーンボーンさん?」
と優しく微笑むイオリ・モノル。
…………。
「いえいえ侯爵令嬢のあなたは私のような男爵家の者など気にせず好きに行動してください。それに、私は部屋に忘れ物をしたので、少し戻ろうとしただけですから」
「確かに私は侯爵家だけれど、侯爵家だから私が偉い、というわけではないの。それと別にあなたのことなんて気にしてないわ。だから、あなたが先に行動して問題ないのよ」
「…………」
「…………」
私たち二人の間に沈黙が流れます。
正直自分や他人の家がどうとかどうでも良く、本人の能力により判断する主義である私は、コイツをまだよく知らないので、偉いとかすごいとか判別していません。ただ、純粋かつ直感的に気にくわないだけです。存在するのは感情論なので、理屈と混ぜてはいけません。ここ重要。
1つ言えるのは、この女には優しい微笑みの下に隠された、『私は私だから偉い』という確信があるということ。
「……私、先ほど申し上げた通り、忘れ物があるので部屋に戻りますね」
「ええ、私も用事を思い出したから部屋に戻るわ」
ひとまず、私は自室に撤退しました。忘れ物というわけではありませんが、シエナさんとカイネさんに合流したあと、先ほど今回の話を整理した紙を手に取ります。口頭だけでなく視覚情報も使った方が、理解がスムーズになりますからね。
そうして再び扉を開けます。
二つ聞こえた開閉音とともに、私は廊下に出ました。
「…………」
「…………」
こうして、私とイオリ・モノルがバッタンバッタンと扉を開けたり閉めたりして、これいつか扉壊れるんじゃないかというくらい時間を無駄に消費してしまったあと、私は正規の出入り口である扉から出ることを諦めました。
すなわち、非正規の出入り口、窓を使います。この出入り口の問題点は、部屋が4階であることから、多少周囲の目を気にして出なければならないことです。まあ私なら平気ですが。
窓を開けて目撃者がいないか、周囲を確認すると、ちょうど私と同じタイミングで窓を開けた者がいました。
「……あら、奇遇ね」
「本当に、奇遇ですね」
イオリ・モノルが窓から上半身を乗り出していました。
太陽が沈んで暗くなった世界のなかで、都の方がキラキラと輝いているのが見えます。他にもさらに遠くの方で、魔法の光が夜の町を輝かせており、地上にも星があるかのようでした。
「今日はいい天気ね」
「そうですね。もう夜ですけど」
「昼間は青空だったし、今は星がよく見えるわよ。難しいかもしれないけれど、風情、というものね」
「確かに雲が少ないから、空の様子がよく見えますね。…別にどうということでもないですけど、窓と反対の方角の方がたくさん星見えますよ」
私とイオリ・モノルは微笑み合います。
「…………」
「…………」
さらに窓をガンガンと開けたり閉めたりすることで、この女と私はまたしても虚無の時間を消費することになりました。振り返るとこのようなことに、この私の大切な時間を使ってしまったのは人類の損失であると言ってもいいほどです。無駄です。イオリ・モノルは私の時間を無駄にしたと、即刻平身低頭謝罪をしなければならないでしょう。
最終的にこのくだらない争いにバカらしくなった大人な私は、扉から出ることにしました。あの女も出てきましたがもう知りません。夕食のため、寮の食堂へと足を運びます。
しかし、扉の蝶番と窓のサッシの酷使がもたらしたものはただ1つ。
「あ、キーラさんにモノルさん?夕食の時間終わっちゃったけど……、大丈夫?」
大丈夫じゃないです。