プロローグ
「イオリ・モノル様、私はあなたに決闘を申し込みます」
私はそう言って、この国でも特に名門である貴族、モノル侯爵家令嬢の足元に手袋を投げつけました。
それを見た周囲はざわつきます。
それもそうでしょう。文武両道才色兼備と言われているイオリ・モノルに向かって、最近一般市民から新興貴族である男爵家に入っただけの編入生が決闘を申し込んだのですから。
イオリ・モノルは足元の手袋をちらっと見た後、はかなげな笑みを浮かべながら私に聞いてきます。
「あら、あなたは……」
「キーラ・ホーンボーンです。先の中間試験で次席だった」
「なるほど、最近編入してきたクラスメートよね」
彼女はまわりに聞こえるようにわざとらしくそう言うと、そっとしゃがみこんで手袋を拾いました。
その場の空気が一気に緊迫します。
しかし、イオリ・モノルだけは余裕のある笑みを携えたまま、
「いいわ、受けて立ちましょう」
と言ってのけたのです。
私の名前はキーラ。
庭である都を古今東西縦横無尽東奔西走し、勝手に治安維持活動してきたちょっと権力欲の強いごくごく普通の一般市民でした。
生まれた時から母と二人暮らしで父親のことを知らなかった私は、自分の出生の謎を探ってみたところ、なんと男爵の隠し子。キーラちゃんびっくり。
あとは対話(物理)でとんとん拍子に男爵家入りが決まり、晴れて貴族の仲間入りに。そして、父親であるホーンボーン男爵は「学校いく?」と提案してくるのでこれを承諾。試験を経て、無事等教育機関に編入したのでした。
初等教育は受けていたのですが、中等教育にいきなり途中から飛び込みはどうなの?と思ったりもしましたけど、なんとかなりました。権力を手に入れる上で学は必須でしたので、自習しててそれが役に立ちました。
さて、私が通うことになった、やたら長い名前が付いていて正式名称で呼ばれることのない通称”学園”は、この国が誇る国立中等教育機関です。学生はハイレベルでかつ貴族の子女など社会的に地位の高い子供たちが多く、そんな中で編入生というのは不利でした。
私自身は持ち前の権力欲で、混沌渦巻く令嬢ロードに挑むことを決めていたので後悔はありません。
あまたのライバルをちぎっては投げ。ちぎっては投げ。
時にはクラスメートに覇道を説き、時には覇道を実践する。
私の覇道を邪魔する者など他にはいないとばかりに令嬢ロードのスタートダッシュを切りました。
しかし、編入後最初の中間試験。
私は生まれて初めての挫折を味わいました。
試験結果は次席。教師陣やクラスメートからは引き気味にすごいと褒められましたが、納得いくはずがありません。
主席はキーラ・モノル。
彼女を討てば、私がトップ。
ならば挑まない選択肢はないのです。
こうして私は冒頭の彼女に決闘を申し込む運びとなったのでした。