新たな仮面
二つ目の森を進む中、エルダは突然足を止めた。
「今日はここで野営しましょう。あたしは獲物をとってくるから、薪を集めておいて」
言うや否やエルダは森の中へと姿を消した。
何という素早さ。普段から慣れているんだろう。手際の良さを感じさせた。
わざわざ獲物を狩りに行くということは荷物の中に携帯食料がないんだろうか。
「……いや、多分俺のためか」
俺は手ぶらだ。食料を持っていない。それを見越して、エルダは獲物を狩りに行ったのかもしれない。
しかもここまでの道中、俺の移動速度にあわせて歩いてくれた。さっさと先を進むこともできただろうに、何も言わず俺の隣を歩き続けてくれたのだ。おかげで疲労は少な目だし、筋肉痛も大分、治まってきた。
言葉は少ないし、多少は当たりが厳しい部分もあるが、優しい女の子だ。
ここまでおんぶにだっこで申し訳ない気持ちで一杯だったが、どうしようもない。今は、彼女の厚意に甘えるしかない。
「せめて自分の仕事くらいはきっちりするか」
恐らく、もうすぐ夕方になる。日が暮れる前にはエルダは戻ってくると思うが、それまでに薪を十分に集めておく必要がある。
幸いにも俺は火を着ける方法を知っている。知識の仮面が与えてくれた情報は、かなり俺を助けてくれている。これも、俺を異世界に連れてきた存在の想定していたことなんだろうか。
考えても詮ないことだ。今はやるべきことをしよう。
俺は辺りを見回し、枯れ枝と枯葉を集めておいた。すぐに火を着けられるように乾いたツルも幾つか用意しておく。
僅か十数分で作業を終えた。
「火はまだ着けないでおこう。無駄に薪を消費するし」
俺は地面に座ってエルダを待つことにした。
ふと腰に下がっている仮面に気づく。そう言えば仮面をまだ着けてなかった。今ならエルダもいないし、着けておくべきだろうか。
しかし装着すると、仮面は消えてしまう。恐らくは俺の中に吸収しているんだろうが。どっちにしてもあの仮面はどうしたという風に言われるだろうし、また怪しまれてしまう。
まっ、後ろめたいことはないんだし、別にいいか! どっかに落としたってことにしたらいいもんな!
俺は楽観的に考えて、その場に立ち上がると紐を解いた。
仮面をまじまじと見つめる。
「何の仮面なんだ?」
その疑問を氷解させるには被ってみるしかない。知識の仮面とは違って、自分に悪影響がある仮面の可能性もある。
俺は僅かに逡巡したが、意を決して仮面を顔に着けた。
仮面は俺の顔に接着し外れなくなる。ググッと圧力を顔に感じて、俺は思わず顔をしかめた。
「う、うお!?」
俺は思わず声を漏らしてしまう。
突然、後頭部に生まれたのは柔らかい感触。服の上から何かが覆っていく感覚。それが終わると、俺は自分の身体を見下ろした。
真っ黒だ。漆黒のローブを纏っている。触れようと手を伸ばす。素材は厚みがあり、多少の防御力はありそうだった。しかし剣士の鎧に比べるとかなり軽装だ。
身体の至るところに軽量の金属の鎧が装着されており、どうやら軽装な職業のようだった。
腰の左右に短い剣が一本ずつ携えていた。短剣は微塵もかけておらず手入れが行き届いており、鈍く赤い日光を反射している。
「暗殺者の仮面、か」
物騒な名前だ。今後、使うことがないことを祈りたいほどには、表社会には縁遠い名称。
暗殺者の仮面をつけていると、心が沈み、熱を失い、倫理観を失い、そして言い知れぬ殺意が込み上げてくる。この仮面は……危険かもしれない。
剣士の仮面をつけていると闘争心が強くなるが、それと同じ原理なのだろうか。
仮面ごとにある職業、それに伴った感情や人格が、装着者に影響を与える、ということか?
俺はしばらく待った。大体、一分経過したことを確認すると仮面に触れ、力任せに引き剥がした。
するとローブや仮面は霧のように跡形もなく消え去った。剣士の仮面とは違った感じで、衣服が出現、消失するようだった。
仮面の呼び出し方や戻し方はすでに知っている。多分、知識の仮面のおかげだろう。
とにかく新しい仮面の使い方はわかった。それにもう一つわかったことがある。
「……身体は痛くないな」
筋肉痛はない。剣士の仮面を使った時の痛みはまだ残っているが、新たに増えた痛みはなかった。これはつまり、仮面を使うだけでは身体に負担はかからないということだ。
剣士の仮面なら、剣士として身体を使うとその負荷に身体が耐えられない、ということなのだろうか。
「ってことは、身体を鍛えれば耐えられるってことか?」
恐らくだが、俺の身体が貧弱すぎて力に耐えられないんだろう。実際、剣術の鍛錬を行った場合、一般人はまともに身体を動かせないだろうし、すぐに筋肉が悲鳴を起こす。だが、その技に耐えられるほどに鍛えれば、もしかしたら負担は少なくなるかも。
そして負担が少なくなれば、仮面の効果時間も伸びるし、再度仮面を使うこともできる?
今のところそんな必要はない。
ただ覚えておいて、損はないだろう。
そんなことを考えていたら、エルダが小さな猪のような魔物を捕まえて帰って来た。