表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/39

セト


「――ん?」


 目を覚ますと俺の視界を純白が覆っていた。錯覚を起こすほどの真っ白の空間。壁や天井を視認できず、ただそこには白で塗りつぶされていた。

 俺は椅子に座っていた。


「なんだ? 俺、寝たよな……? またどこかへ移動したのか?」


 寝ている間にどこかへ運ばれている。そんなことを考えると怖気が走った。自分の意思が関係なく何者かに左右されている。その事実が、おぞましさを促した。

 と、不意に視界に白とは異なる何かが見えた。

 それはいつの間にか俺の正面にいた。

 妙齢の女性。顔の上半分、目以外の部分を覆っている白い仮面、白髪に白い肌、白銀の瞳、唇さえも白に染まっている。白のローブから伸びた白く細い手は膝の上に乗せられている。

 彼女は俺の目の前に向き合うように椅子に座っていた。


「うお!? だ、誰だ!?」

仮面使い(フェイサー)様。お初にお目にかかります。セトと申します。以後お見知りおきを」

「よ、よろしく? えーと、フェイサーってのは俺のことですか?」

「はい。あなた様のことでございます。フェイサーとはすなわち、仮面使いのこと」


 仮面。確かに俺は知識の仮面をつけた。そのことを言っているのだろうか?


「……あ、あなたは、事情を知っているのか? 俺がなぜこんなところ……あ、えと、異世界にいるのか」

「存じております」

「な、なぜ? どうやって? 誰が? あ、あなたの仕業なのか?」

「そうであり、そうではありません。セトはたゆたう存在。そこにおり、そこにいない。セトにはあなたに直接的に干渉する力はございません」

「い、意味がよくわからないですが?」

「案内人、という言葉が適切かと」

「異世界の?」

「あるいはあなた様の世界の」


 意味がよくわからない。迂遠な言い回しに俺の頭は混乱していく。しかしどうやら事情を知っていることは間違いないようだ。

 落ち着け。もっと冷静にならないと。こういう場合、どうしても気が逸ってしまうものだ。だが、それでは本質を見抜けない。そもそも俺が一番知りたいことはなんだ。


「……俺はなぜ異世界に連れてこられたんでしょうか?」

仮面使い(フェイサー)としての素質があったためです。先ほど、あなた様がつけた知識の仮面を初めとした、多種多様な仮面。それを扱える存在はあなただけ。ゆえにあなたを召喚した、という経緯であると聞き及んでいます」

「……誰がそんなことを?」

「人間の言うところの、神にあたる御方、と考えていただければ間違いありません」

「神……神様の仕業だっていうのか。はっ……俺は無神論者だけど、否定もできないな。こんなことができる存在は神様くらいだろうし、むしろしっくり来た……あっ、失礼。年上にタメ口で話してしまって」

「問題ございません。セトは仮面使い様の案内人。従者のようなものでございます。敬う必要は欠片もございませんので」

「そ、そうか、ならこのまま話すよ。他に聞いても?」

「セトの話せることならば」

「じゃあ、さっきの話。俺が仮面を扱える素質があるからって言ってたけど、それは、どういうことだ?」

「あなた様の名は加納源治かのうげんじ。十七歳。桜秋おうしゅう高等学園二年生。学力普通、運動能力普通、交友関係狭し、趣味はなし。中学生の頃、演劇部に所属。唯一の特技は演じること。お間違いないですね」

「あ、ああ。演技が得意って部分は微妙だけど、それが?」

「人間とは不思議なもので、常に演じて生きている生き物だとか。立場や状況、己の望み、相手の望み、それらの要素を加味し、適切な演技をする。その中でもあなたは演じることに長けている、そしてそれ以外に何もない」

「…………褒めてるのか貶めてるのか」

「どちらでもございません。事実に基づき述べさせていただいております。演技とは経験、知識、そして技術により表現するものであると聞いておりますが、しかしてあなたはそれらにも属さない特異な存在。ゆえに仮面使いとしての才能があると評されています」

「演技なんて。部内でも真ん中くらいの実力だったし、自分にそんな才能があるとは思えないけど。演技力って話なら、俺みたいな素人じゃなくて、プロの俳優とか一杯いるだろうに」

「さて、それはどうでしょう。今のあなたはそうですか?」


 含みのある物言いだった。表情は無のまま。氷を思わせる感情の冷淡さに、俺は思わずたじろぐ。


「何を言って」

「酷く冷静ですね。異世界に転移し、超常的な現象に見舞われ、気づけばこのような奇異な場所へ連れてこられ、その上での状況説明を聞いて、尚も感情を平坦に保てています。そのようなことは平凡な人間には不可能かと存じます」

「俺だってかなり動揺してるさ。でも冷静にならないと、話も聞けない」

「状況を見れば、それが最適解でしょう。ですが人間は正しい選択をし続けることはできない。なぜならば感情があるからです」

「……何が言いたいんだ」

「あなたのそれは本当のあなたですか? それとも演じたあなたですか?」


 澄んだ白銀の瞳に見つめられて、俺は何も言い返せない。心の奥底まで見透かされているかのような、そんな目に俺は思わず目をそらしてしまう。


「動揺さえも虚実であるならば、仮面そのものが本質なのかもしれませんね。ゆえに……なるほど、それこそがあなたの……ならば納得もいきます」

「……何が言いたい。あんたの言う神様ってのは俺に何をさせようって言うんだ。俺は何をすればいいんだよ」

「あなたの好きなように生きてください」


 妖艶な笑みを浮かべ、セトは当たり前のように言った。


「好きにって……なんだよ、それ。何か理由があったんじゃないのか?」

「いいえ、あなたはあなたの思うように生きてください。その後に、あなたの願いも叶うでしょう。そしてそれは御方の望みでもある」

「意味がわからない……願いってのは日本に帰れるってことか?」

「あなたの真の願いが、その言葉通りならば」


 セトは懐から仮面を取り出すと、俺に差し出してきた。

 俺は戸惑いながらも仮面を受け取る。

 知識の仮面とは違った趣があった。表面は赤一色。ごつごつとした意匠で、仮面というよりは兜に近い。これだけで防具に使えそうだが、顔前面部分しかないため扱いづらい。造りから仮面の域を出ないため、はっきり言って美術品以外の価値はないだろうし、芸術点は低そうだ。


「これは?」

「お使いください。あなたに必要な仮面フェイスです」


 仮面を見つめていると不安になってくる。じっと見つめられているような感覚に陥って、どうしようもなく落ち着きがなくなってくる。


「これって――」


 尚も質問をしようとして顔を上げた。

 視界のほとんどは黒で覆われ、ゆらめく光が視界の下に見えた。辺りには木々。青臭さと焼け焦げたニオイが鼻腔をくすぐる。

 ここは森。眠る前の情景とまったく同じだった。

 夢、だったのか?

 そう思った瞬間、俺は手元に視線を落とした。

 そこには仮面があった。


「じゃああれは現実だったのか? ったく、なんだってんだ。勝手に連れてきて、勝手に都合を押し付けて……俺にどうしろって言うんだ」


 頭を抱えた。思考は混濁しているはずだった。しかし心の隅では冷静な自分がいた。胡乱げな瞳でこちらを見つめている。その視線はこう言っているようだった。


『それは演技か、それとも本心か』


 問答を否定しようとした瞬間、パキッと小気味いい音が響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ