その名は仮面使い(フェイサー)
当てはない。どこに行けばいいのかもわからない。だが俺の目的は決まった。もう迷わない。何があっても覚悟は揺るがない。
日が落ちてかなりの時間が経過している。そのため通りの人気は少ない。街灯はないため、かなり暗い。所々に見える店の明かりと月明かりだけが、夜を照らす光源となっていた。
どうする。一度、肉肉亭に戻るか。それとも冒険者ギルドに行ってみるか? まだ開いているかもしれない。もしかしたら何かしらの情報を手に入れることができるかもしれない。
僅かな思考。すぐに俺は冒険者ギルドへ行くことにした。
真っ暗で不気味だった。しかしその闇が俺の助けになることを俺は確信していた。
闇に溶けることを恐れない。闇は俺の味方になるのだから。
早足で移動を続ける。すると遠くの方で下品な声が聞こえた。
俺は声の方向へと急ぐ。声が徐々に近づくと、主の姿も見えた。ザンザ達だ。肉肉亭を出てからは、別の店で一杯ひっかけていたらしい。丁度、お開きになったのか、店の前でたむろいながら談笑している。
相当に酔っぱらっているな。大半の奴らは顔が真っ赤だ。
しばらくすると移動を始めた。俺は奴らの後を追った。
暗闇の中で追跡するのは簡単だった。バレる要素が皆無だ。この状況で、尾行に気づける人間はそうはいまい。
奴らは路地裏に入った。別行動をしないところを見ると同じ宿に泊まっているのか、それともどこかの家をねぐらにしているのか。
俺は路地裏に滑り込む。真上から降り注ぐ月明かりが真っ直ぐ道を照らしていて、夜にしてはかなり明るかった。それでも暗闇は多く、視界は不明瞭。
ここだ。この場所が最適だ。
俺は迷わず暗殺者の仮面を被った。いつの間にか漆黒のローブが俺自身を覆う。この状態では俺が誰だかわからないだろう。
これでいい。この姿ならばエルダの懸念も解消できるはずだ。
さあ、始めよう。
悪党を挫く戦いを。
俺がこれから行うのは正義じゃない。
これは粛清だ。
感情が徐々に冷めていく。俺の中の自我が薄くなっていき、やがて別の俺が俺の身体を支配する。
今の俺は加納源治ではない。闇に溶け、悪を討つ者だ。
俺は足を動かす速度を徐々に上げ、徒歩から早足、そして疾走する。
走りながら俺は両手に短剣を握った。
「ああ? なんだぁ?」
俺の存在に気づいた取り巻きの一人が振り返る。だがもう遅い。
俺は剣の柄で、取りまきの鳩尾を貫いた。鋭い踏み込みと同時に突き出された柄は、見事に取り巻きを吹き飛ばした。
「げえぇ……!」
獣のような咆哮を上げながら、取り巻きはもんどりを打ち、地面に転がるとそのまま苦悶に呻いた。
「な、なんだてめぇ!」
俺は答えずに取り巻き達へと迫る。
奴らは咄嗟に獲物を手にする。剣の威圧感を肌で感じながらも、俺は速度を緩めない。
剣士の仮面ならば身体能力、剣術、そして圧倒的な防御力を誇る鎧と兜がある。
対して暗殺者の仮面には鎧も兜もなく防御力は低い。剣士に比べて剣の腕前は低いだろう。しかし利点は多くある。
まず素早さ。そしてそれを可能にする身体能力。膂力は剣士に比べて低いが、暗殺者は自身の望む動きを可能とする身体のしなやかさがある。そしてそれは器用な動きをも可能とする。
今の状態で負ける要素はない。だが時間制限はある。油断は禁物だ。
俺は二人目の取り巻きへと駆ける。地を蹴り、空中で横に回転すると、ソバットを繰り出した。予想していなかった動きだったらしく、取り巻きは反応できずに、蹴りをもろに腹に受けて、泡を吹きながら地面に伏した。
三人目の取り巻きの方向を見ずに、俺は着地と同時に回転しつつ裏拳で顔面を殴りつける。過剰なほどな慣性から生み出された一撃によって、取り巻きは壁に叩きつけられ、呼吸困難に陥った。
「……俺達を襲うとはいい度胸じゃねぇか、ああ!?」
ザンザは長剣を抜き、構えた。中々に堂に入っている。
俺の正体には気づいていないようだ。顔どころか全身を黒いローブで覆っているのだから、わかるはずもないのだが。
俺は剣を鞘に納める。
「て、てめぇ、舐めやがって! 死ねぇぇーっ!」
ザンザは鬼の形相で俺に斬りかかる。見事な兜割り。真っ直ぐ俺の頭上へと振り下ろされる。
一瞬の静寂。
後に、カランと乾いた音が耳朶を揺らした。
ザンザが剣を地面に落としていた。
「がふっ……!」
俺の拳はザンザの鳩尾に埋まっている。
仮面を被っている今ならば相手の力量はわかった。ゆえに俺は剣を抜かなかったのだ。ザンザは今の俺よりも圧倒的に弱いと確信したから。
「諦めろ。ペンダントを出せ」
「あ? ペンダント? はあ……なるほどな、エルフかてめぇ。それともエルフィアンか? あの女の仲間だな? そ、それともあの女に雇われたか?くそみてぇな奴はやることが汚ねぇなぁっ!」
「……クズが!」
俺は我慢の限界を超えて、思いっ切りザンザの腹を殴った。身長差があるせいで顔を殴りにくかったせいだが、それがザンザにとっては回避しづらい攻撃となったようだ。
大した反応もできず、ザンザは腹を抑えて膝を折った。
「おごぉぉっ! ぐ、うぐっ」
「出せ」
「し、知るかよ」
今度は顔面を殴った。暗殺者の仮面の力では、膂力自体は大して上がっていない。身体能力を最大限に生かした攻撃とは違い、ただのパンチならば威力はそれなり。
しかしそれでも仮面の力はかなりのもので、軽い殴打でもザンザの身体は跳ねた。
「グゥッ!」
「出せ」
「こ、と、わる……ギャアッ!」
殴った。拳が痛むが知ったことではない。
「出せ」
「はぁはぁ、うぐっ……だ、出すか……グェェッ!」
強めに殴った。頬骨にヒビが入った感触がした。
不快だった。でも止める気はなかった。
これくらいで止めるなら、ここまで来ていない。俺は覚悟を決めた。それは危険に身を投じるということだけじゃない。自分の手を汚すということも含んでいる。
「もういい。出す気になったら言え。それまで殴る」
俺は何度も何度もザンザを殴った。殴る度に骨の軋む音が聞こえた。血が飛び散り、辺りを穢した。構わず殴った。何度も何度も。
拳の痛みが麻痺してきた頃、ザンザの喉が鳴った。
「わ、わらふ……渡す……ゆ、許ひへ……」
一分ほど殴り続けていると、ザンザが降参したのか懐からペンダントを出してきた。やっぱり持っていた。
俺はひったくるようにペンダントを受け取ると確認した。確かにエルダのペンダントだ。
「へ、へへ、てめぇ自分に正義があると、思ってんだろ? おなじだ。おまへは、俺達と……暴力で解決ひへ、俺達と同じら!」
顔面をぼこぼこにされてもまだ減らず口を叩く元気はあるようだ。一応は手加減したから当然だろう。本気でやっていれば全員殺している。
「まったく違うだろ、おまえ馬鹿か? こっちは一人、おまえらは四人。しかも俺は素手だ。どっちが卑劣だ? それに俺は何も奪ってない。奪ったのはおまえだ。最初に始めたのもおまえだ。無実の相手を傷つけておいて、自分が同じ目に遭ったら相手を批判するのか? おまえは、おまえに危害を加えていない相手に、八つ当たりしてるだけだろ。そんなことも理解できてないのか? 身体はでかくてもおつむはガキだな」
「な、なんだとてめぇぇっ! ぶっ殺すッッッッ!」
殴りかかってきたので、思いっ切り、殴り飛ばした。
「う、うぐぐぅ、い、いでぇ!」
「いいか? 二度とエルフに手を出すな。もしも危害を加えたら、次は命はない。今度は剣を抜く」
「そ、そんなのは」
「わかったと言うまで殴るか?」
「わわ、わ、わかった、も、もうしない! だ、だから殴らないでくれぇっ!」
「よし。じゃあ、これで最後にしてやる」
「え? おごおおぉっ!」
我慢が出来ずに、かなり力を込めて殴ってしまった。都合のいい態度が、余計に腹が立ってしまった。こいつは今までどれくらいのエルフを傷つけてきたのか。
ザンザは痙攣しながら、地面に倒れていた。何とか顔を上げてこちらを睨む。打たれ強さだけは大したものだ。
「て、てめぇ……何者、なんだ……」
何者。俺は何者なのか。
「俺はフェイサー。蔓延る悪を駆逐する、異世界からの使者、仮面使い(フェイサー)だ」
「フェ、フェイサー……」
その言葉を最後にザンザは気絶してしまった。大丈夫、死んではいない。殺さないように気を付けたから。
エルダを傷つけ、横暴を繰り返し、我が物顔で生きてきたこいつらを正直、殺したいくらいに憎んでいる。でもそこまでしたらこいつら以下になってしまう。
それではいけない。それではきっとエルダは悲しむし、何よりエルダに危害が及ぶ可能性が高い。彼女のペンダントを取り返した男が何をしたかによって、エルダへの風評被害は変わってくる。
彼女が関わっていなくても、周りの身責任な人間は身勝手に妄想し、それが事実だと決めつける。くそみたいな連中はどこの世界にもいる。
ザンザ達は気絶するか、呻きながら地面に転がっている。
俺は奴らを無視してその場を後にした。路地裏を抜けて、周りを確認して、仮面の力を解いた。幸い三分以内で事は済んだ。おかげで身体への負担は比較的少な目で済んだようだった。
「それでも、い、痛いのは変わらないな。特に右手がヤバい……」
身体中に感じていた筋肉痛と右拳の痛みを無視して、再びエルダの泊まっている宿へと向かった。正面から入ろうとして思いとどまる。俺の顔は見られている。そのまま宿へ入れば、俺がやったと判明するだろう。
俺は宿の裏手に回り、エルダの部屋の窓をそろりと覗いた。中にはエルダの姿が見え、どうやら眠っているようだった。窓は僅かに開いている。かなり不用心だが、今回は助かった。
俺は窓からペンダントを入れて、そっと窓を閉めた。
そのまま闇にまぎれて、宿屋を後にする。
「これで……よかったんだよな」
俺の行動が正しかったのかどうか、今はわからない。ただ俺は俺のやりたいようにやっただけだし、後悔はない。
ただ、正直に言おう。
かなりスカッとした。
色々と鬱憤が溜まっていたからな。
それに仮面の力も改めて確認できたのは大きかった。今後、もし何かあればまた仮面を使うことができるだろう。
異世界に来て、長い間あった胸の内に広がるもやもやは消えていた。
清々しい気持ちのまま、筋肉の痛みさえも心地よく、俺は悠然と歩いた。




