引かない
――冒険者風の男五人が俺達の前に立ちはだかった。
中央に立つ大男は全身が鍛え上げられており、圧倒的な強者の空気を漂わせていた。素人の俺でも、その男が実践を多く経験していることは明白だった。
他の四人は大男の取り巻きのようだった。それでも格段に俺よりは強い。というか俺の知っているヤンキーやらそういった見た目だけの連中とは全く違う。
見た目はそれほど腕利きには見えない。だが彼等が腰に帯びているものを一度振るえば俺を殺すことなんて簡単だろう。
魔物とは違う。意志ある人の敵意を目の前にすると、竦んでしまう。俺は物語の主人公じゃない。順応性が高くても、荒事に適応する強さは持ち合わせていない。
俺は怖いという思いをどうにか誤魔化すことに必死になった。
そんな中、エルダは冷静に男に答える。
「……何か?」
「何か、じゃねぇよ。エルフのてめぇが、なんで冒険者をやってんだぁ? ああ!?」
「冒険者条約に違反はしてないわ」
「そういう問題じゃねぇんだよ。エルフが、人間様の領域になんでいるんだって言ってんだよ」
「……権利はある」
「権利だぁ? これはお笑い種だな! おい、聞いたかおまえら!」
「ええ、聞きましたよ! ぎゃははは、エルフが権利ぃ? 長耳野郎にぃっ?」
「そんなもんあるわけねぇよなぁ? エルフが俺達人間に何をしたか、忘れたとは言わせねぇぞ!」
膨らむ威圧感。周囲の通行人は異常に気付きながらも無視を続ける。
ギルド前の騒動であるはずなのに、ギルド内から組員が出てくることも、官憲の類が駆けつける様子もない。
時間がかかるのかもしれない、と希望的観測に俺は意志を委ねようとした。だが、周りの対応を見て、それはないと諦観の面持ちになってしまう。
野次馬達はエルダを蔑んでいた。明らかに非のある男達ではなくエルダを。
なんだこの異常な状況。これがこの街の、この国の、この世界の常識だっていうのか?
「……どいて」
「どかねぇなぁ!」
強引に通り抜けようとしても男達に阻まれて進めない。
「おい、そこの男。なんでエルフと一緒にいるんだ? ああ?」
黙して動向を見守っていた俺に、飛び火したようだった。俺は事情を知らない。この状況がもしかしたら正しいのかもしれない。
でもやっぱり納得はできない。こんな一人の女の子を一方的に攻撃するようなことに正義があるなんて思いたくはない。
怖い。村の時とは違って、ここは逃げ場がない。逃げても追いつかれるし、もしかしたら殺されるかもしれない。
でも……このまま何も言わずにいたくもない。
俺は弱い。情けない。ただの普通の男だ。だからって意思を曲げていいわけがない。俺の意思を貫くには、今の俺の弱さを無視しなければならない。
恐怖を忘れろ。強い俺を演じろ。俺は恐怖を忘れ、言葉を紡ぐことができる男だと思い込め。演じるんだ。
俺は自分に言い聞かせる。そうすると不自然に心が妙に落ち着いていく。さっきまでの動揺はどこかへ失せ、一気に冷静になった。
俺は男達を睨み、口を開こうとした。
しかし寸前でエルダに止められてしまう。
「その人は、たまたま一緒になっただけ。なんでもないわ」
タイミングを逃して、俺は口をパクパクとしてしまう。自分が情けなくなった。
男は腕を組み目を細めて俺を睨む。俺はせめてその敵愾心に負けないように、目を逸らさないようにした。そうするとまた恐怖が顔を出す。
怖いのだ。殺意のある魔物とは違った、人間の敵意。日常的に傍で見てきた、或いは俺に向けられたことがあるその感情が、どうしようもなく気持ちが悪い。
街中で誰かが不良に絡まれていても、俺は助けられるような人間じゃない。納得できなくても、腹が立っても巻き込まれないように、できるだけ穏便に終わるように静かに生きていくしかない。
それが普通の人間だと思う。そんな場面で立ち向かえるような人は極一部だ。大半の人間には無理で、逃げるか我慢するかしかない。
だけど……それが家族だったら、友人だったら、恩人だったら見過ごすわけにはいかない。そこで逃げてしまったら、人として大事なものを失ってしまう。俺はそうはなりたくはない。
だから怖くても目をそらしてはいけない。
「むかつくな、てめぇ」
目を逸らさないことに腹が立ったのか、男は俺への敵意をさらに強めた。もはや殺意と言ってもいいかもしれない。
少しのきっかけがあれば腰の獲物を抜き、俺に斬りかかりそうな勢いだ。
それでも俺は引かない。意地か、それともいざとなれば仮面があると思っているのか。
一か八か、使うか。しかし使えれば、恐らくはクリムゾンウルフのように殺してしまう。人を殺すのだ。その覚悟が俺にはない。あるわけがない。
でも引けない。引かない。ここはそうしてはいけない場面だ。俺はそう確信していた。意地が俺の身体さえも支配して、動揺は失せる。まるで剣士の仮面を被った時のように、妙な自信が溢れ、俺は泰然と男と対峙した。
「そこまでだ」
背後から聞こえた声に、俺は我に返った。
振り返るとそこには髭面で妙に小奇麗な優男が立っていた。
「ギルド前での争い事はご法度。これ以上するなら官憲を呼ぶぞ」
「ちっ」
大男達はこれみよがしに舌打ちを打つと、俺達を睨んでどこかへ行ってしまった。
終わった。そう思った瞬間、全身の力が抜けた。腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「……大丈夫?」
エルダが膝をついて俺の顔を除く。その距離があまりに近くて、俺は慌てて手で制した。
「だ、大丈夫。ちょっと気が抜けただけだから」
「そう……ごめんなさい」
謝ることは何もない。そう言おうとしたが、彼女の表情を見て何も言えなくなってしまった。悲しそうな悔しそうな寂しそうな、そんな言いようのない顔をしていた。
「エルダさんですか。また絡まれたのですか?」
「……はい」
これみよがしにため息を漏らす優男。彼はギルド員だろうか。それなりに上の立場に見えるが。
「あまり騒ぎを起こさないでください。大方、彼等が絡んできたんでしょうが……」
「すみません」
エルダは何も言い訳をせず、頭を下げた。
ギルド員は嘆息し、小さく頷いた。
「いえ、あなたに非はないでしょう。しかしエルフというだけで毛嫌いする人間は多いですから。気を付けるようにお願いしますよ」
「はい、気をつけます」
ギルド員の優男は言うだけ言ってさっさとギルドの中へと戻っていった。
一応は気を遣ってくれているのだろうか。一方的に批判するだけではないように思えた。ただ、事務的な対応にも見えた。他の連中に比べればマシな方かもしれない。
野次馬達も散り、残ったのは俺とエルダだけになった。
俺は立ち上がると身体についた埃を払う。
「巻き込んで悪かったわね」
「いや、エルダは悪くない。何も悪くないじゃないか……」
「……そう」
俺達はどちらともなく、歩き始めた。
二人の間には気まずい空気が漂い続けていた。




