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93 アイシクル

 

「ガルルル」



 獣のがなり声が響き渡る。

 ボロボロの蓮と氷華の前に現れたのは、中級の化け物、ケルベロスであった。

 普段なら造作もない相手だが、リリアンとの死闘で傷ついた二人にとって……



 勝ち目はない――。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「助太刀しよう」



 颯爽と蓮の前に現れた人物は、かつて争った西園寺であった。

 日本刀を鞘に納めたまま片手は柄を、もう片手は鞘を掴んでいる。以前の戦闘スタイルとはまるで違う。

 視覚に化け物がしっかりと入った後も、冷静に敵の動きを捉えている。



「おい西園寺……刀を出さなくてもいいのか?……」

「黙って見ていろ」



 西園寺はそう言うと、振り返らずに前へと重心を移動させた。化け物のある方へと前進したのだ。

 勝算はあるのだろう。

 少し微笑んだ表情をいまだ崩していない。

 いや、崩していないのは表情だけではないのだ。刀を鞘から出してもいない。

 そのままケルベロスの方へと突き進む。



「西園寺くん?! 大丈夫なの?」

「ふっ」



 氷華も心配している様子で彼を見ている。しかし、西園寺に不安という文字はないらしい。

 軽く笑うと、さらに加速させた。

 対するケルベロスはそれを嘲笑うかのように、吠えるのをやめて速度を緩めた、

 まるで、お前に何が出来るのか、と言わんばかりに。



「「ガル……」」



 5匹ほどケルベロスは一方向に集まった。

 西園寺のいる一点へと、彼らは集約する。一匹は正面から、他のケルベロスも左右に別れて包囲するようだ。

 強靭な牙を見せて唾液を垂れ流している。

 


(西園寺のやつ。大丈夫なのか?)



 蓮は不安な表情のまま拳を握った。

 ケルベロスは蓮に惨敗したが、あれはチートスキルが存在するからだ。

 現実に自衛官達はケルベロスに手も足も出なかった。

 そんな相手に西園寺がどこまで通用するのか……蓮は気が気でなかった。



「西園寺くん! 私も加勢して……ぐっ……」



 氷華も足を進めようとするが、その場にひざまづいて動けなくなってしまった。

 リリアンとのダメージが未だに残っているようだ。

 悔しそうな表情で氷華は折れた剣を地面に突き立てた。



「くそッ!……」



 キィン。と響くその音に、今や誰も気づかない。

 蓮や西園寺はもちろんだが逃げ惑う一般人達には、一刻も早く地上に出る、その事しか考えられないのだ。

 せっかく助かりそうな命をケルベロス如きに奪われてはたまらない。

 そんな全速力で走る一般人を誰が責められようか。

 第一に西園寺は気にしていない。



「ふぅ」



 今の西園寺には蓮の声も、氷華の声も届いてはいない。

 浅い呼吸をして目を閉じると彼は立ち止まった。

 あと少しでケルベロスと激突する、それほど近距離であったのに立ち止まったのだ。

 そして彼は剣を垂直に立て、右手で柄を、左手で鞘をしっかりと握った。

 抜刀術を披露してくれるのだろうか。未だ鞘には刀身が収まっている。




「「ガルルル!!!」」



 迫り来るケルベロスも警戒しているのだろう。

 数匹が後ろに回り込み、完璧な包囲網が形成された。この時にはケルベロス側も足を止めて気を伺っている。



「ふぅ……」

「西園寺もういい! 逃げろ」

「まだだ……」



 蓮が声を大にしていっても、西園寺は目を閉じたまま動こうとしない。

 何かタイミングを待っているかのように集中している。

 静けさが広がっていた。

 ケルベロスの唸り声も消え、聞こえるのは一般人の逃げ惑う足音くらいだ。

 緊張の糸が切れたのは、数秒後の西園寺の額から流れ出た汗である。

 ほおを伝って、ポツッと床に落ちようとしたその瞬間。

 膠着状態に耐えかねたケルベロスが動き出したのである。



【ピチャッ】



「「ガルルル!!!」」



 ケルベロス達が一斉に襲いかかった。大きくジャンプし、牙をむき出しにして三つの凶悪な顔が現れる。

 まるでスローモーションのように感じられた。蓮と氷華はそれを呆然と見つめている。

 もう、何も手を貸すことはできない。

 ただ西園寺を見つめているだけだ。



 しかし……。



(何やってるんだよあいつは)



 蓮の不安な瞳は西園寺の奇怪な行動を映している。

 襲いかかられたのに西園寺が微動だにしないからだ。刀身を抜かずにただじっと待っている。

 恐怖で体が動かないのか、目を閉じているために状況を把握出来ていないのか。



「西園寺くん!」



 沈黙を破ったのは氷華であった。

 胸に手を当てて不安な表情を浮かべている。

 もう西園寺は死ぬ……この場にいる誰もがそう思っていた事だろう。

 逃げ惑う一般人の少数も、西園寺の方を見て真っ青になっている。



「おい。なんであの兄ちゃん。目を瞑っているんだ」

「次は……私達が狙われる……」



 だが、周囲の不安な目をよそに西園寺は未だ冷静であった。

 息を大きく吐くと目を開けて、彼は鞘に入ったままの刀身をそのまま床に突き刺した。



【ドスッ】



「頃合いだろう。魔法(マジック)発動……」



 西園寺がそう唱えると彼の周囲が白く輝きだした。

 氷魔法を使う前兆である。

 そして……。



氷棘(アイシクル)!!!」



【キィン……】



 西園寺が魔法を発動させると周囲の円状に、尖った氷が床から一斉に生えて天井まで届いた。

 もちろん、襲いかかろうとしたケルベロスは……。



「「ガルルルァア!!!」」



 氷に体を貫かれて宙に浮いていた。

 それを見た西園寺は、蓮と氷華の方を見てこう言った。



「ふっ。だから安心しろと言っただろう?」


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