90 最期
カタカタと震える体。
恐怖に打ち勝ち、氷華は折れた剣をリリアンに振り下ろす。
涙を流したまま――。
◇◆◇◆◇◆◇
「あぁあああああ!」
雄叫びをあげて剣を振りかざすのは氷華だ。走りながらリリアンに立ち向かう姿はまさに英雄。
王の姿だ。
しかし、リリアンはそれに怯えない。腕を組んだままで涼しい顔をしている。
「ふっ。最後の悪あがきね。そんな折れた剣でどうする気?」
「そんなの……あんたを叩っ斬るに決まってるでしょ!」
「ふふ。バカね」
ニヤリと笑うリリアンに折れた剣が襲いかかる……。
リリアンに触れる事のできる唯一の武器。王の武具だ。
本来なら恐れられるその剣も、折れてしまってはただの棒切れである。
リリアンは掌だそれを受け止めると澄ました顔でこう言った。
「あんたと遊ぶ気は無いわ」
澄ました顔から一気に真顔になった。
普通の人なら恐怖のあまり泣き叫ぶだろう。だが、氷華は違う。
唇を噛み締めながら謝っている。
遠くで倒れている蓮に祈りながら。
「ごめん。ごめんね蓮」
そう言って、ゆっくりと瞳を閉じようとした氷華。
それを見たリリアンが彼女の首に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「ま……て……」
氷華の後方から黒い塊が飛んできたのだ。
片方の手で折れた剣の柄を握り、もう片方の手でリリアンの攻撃を払った。
黒い塊……。その正体は蓮だ。
「ハァハァハァ……」
口元には血が付着し、ヨロヨロの体は氷華に覆い被さっている。
いつもと違うのは全身に呪怨を纏っている事だ。
そして、既に意識はダンフォールから蓮に変わっていた。
「蓮。大丈夫なの?……」
「あぁ」
氷華は今にも泣きそうな声で蓮を心配している。
答える蓮は息も絶え絶えだが、かろうじて意識を保っているようだ。
ボロボロの体でありながら瞳はリリアンの方を向いている。
「ほぅ。もうダンフォールは消えたか」
「ダンフォールさんは……俺の代わりに、ダメージを受けてくれた……それに……この炎もな」
【ボッ!】
蓮が微笑むと体にまとわりついていた黒炎が氷華の折れた剣へと移動している。
この時まだ、氷華の折れた剣を手で押さえていたリリアンは、驚いた表情で蓮と氷華を見つめる。
「これで私を殺す気?」
「そうだ……」
「ふふ」
クスッと笑ったリリアン。
馬鹿にしたような表情で、二人にこう述べた。
「やれるもんなら、やってみなさいよ」
リリアンがそう笑った瞬間。蓮と氷華が吠えた。
これで最後と言わんばかりに、リリアンに当てたままの剣に力を込めたのだ。
「「うあぁああああ!!!」」
黒い炎が折れた部分を補った氷華の剣は、リリアンにジリジリと近づく。
だが、リリアンの防御を突破する事は出来ない。
このままでは――。
(だから、俺は開放したんだ)
「ALL CHANGE……発動!!!」
【HPの値を※※※※※※攻撃値へ移動します】
俺の目の前に現れた表示はいつもと違っていた。正確な数値ではなく謎の記号で埋め尽くされていたんだ。
そう。俺は限界を超えた。
HPの値を無制限に攻撃値に移し続けている。
ステータス上ではHPの値が減り続け、攻撃値が増え続けているのだ。
【ザンッ……】
「なんだと?!」
どうやら、俺のスキルが功を奏したらしい。
氷華の剣がリリアンの手を切り裂いたのだ。そして、そのままリリアンの頭上から地面まで一閃。
「「うぉおおおおおお!!!」」
【ザンッ!】
駅の構内は、肉を切り裂く音で静けさを迎えた。




