84 破滅の音
幼き体の皇女リリアン。
彼女が魔法を唱えると深い深淵が彼女を包み込んだ。
そして、その深淵が薄くなっていくと現れたのは真っ黒なドレスに身を包んだリリアンだった。
しかもその姿は先程までの幼子ではない……皇女と呼ばれるにふさわしい、成人の姿であった。
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「何よあれ……急に成長したの?」
「俺にもわからない」
突然の出来事に氷華は恐怖を感じているようだ。俺の胸辺りに体を密着させ、剣を支える手が少し震えていた。
本気を出す――。
リリアンが先程述べた言葉が気になるのだろう。
無理もない。幼子の姿であった時でさえリリアンは化け物というべき強さを誇っていたのだ。
自衛官達が手も足も出ないほどの強さを。
そんな氷華の動揺にリリアンは気づいたようだ。
お辞儀をやめて自身の口元に手を置くと、上品な口調で語りかけてきた。
「あら、王ともあろうお方が恐怖を感じているのかしら?」
「ち、違うわよ!」
氷華は俺の胸から離れると少し前進してリリアンに刃を向ける。
リリアンの澄ました表情とは異なり氷華は歪んだ表情のままだ。恐怖心はあるが王としてのプライドから反論したのだろう。
俺のチートスキルは例外として、王である氷華は人類の中でも最上位のプレイヤーなのである。
しかし、本能は抑えられない。震える手が剣をカチャカチャと鳴らせる。
「そんな震えた剣で私を斬れるの?」
「ふ、震えてなんかない!」
「全く……王がこんな腰抜けなんて、拍子抜けね」
リリアンは、やれやれとした様子で両手を上に伸ばし、呆れた顔をしている。
いやしかし、実に凛とした表情である。あどけなさが完全に消えている。口調も身振りもまるで貴族そのものであるのだ。
成長しているのは肉体だけではなく精神も、という事だろうか。
俺は震える氷華の剣の持ち手をゆっくりと掴み、震えを抑えさせるとリリアンの方向を向いた。
「大丈夫か氷華」
「う、うん。ごめんね」
「なんで謝る?」
「私、王なのに、リリアンが怖いの。今も手が震えてる」
「……ハハハ!」
「な、何笑ってるのよ蓮」
「いや、氷華が怖がってるなんてさ。これまで無かったから。俺とおんなじなんだと思ったら笑っちゃったんだ」
俺は少し笑った後に氷華の方を向いた。
するとどうだろう。彼女の表情も少し柔らかくなったように感じる。
そして、剣を持つ手も震えていない。
どうやら氷華の恐怖心はだいぶ薄まったようだ。
「ありがとう蓮! 落ち着いてきたわ」
「良かった、いつもは氷華から元気を貰ってるから。お返しできて」
俺と氷華の表情が明るくなると、二人してリリアンの方を向いた。
するとリリアンはニッコリとした表情で微笑んできたのだ。
「もうお話は済んだのかしら?」
「うん。もう大丈夫よ! 私はあなたなんか恐れない!」
「へぇ……そう。なら、問題ないわね」
リリアンは再度微笑むと攻撃を開始した。
いつもの足攻撃ではない。
彼女が床を蹴ると、高速で俺達に近づくと一旦右手を後ろに引いてから手刀のようにして斜め上から振り下ろした。
(ん? どういう事だ?)
俺はこの時、違和感を感じていた。
姿や口調が変わったのに速さが変わっていない。
大人の姿になった事によって何が変わったのか把握していなかったのだ。
(攻撃魔法を使うようになるのか?、それとも移動速度が加速するのか……?)
俺は不安を感じながらもいつも通り、氷華の剣を支えてリリアンの攻撃を防ごうとした。
いつも通りなら、リリアンの攻撃は氷華の剣に遮られて止まる。
なら、その間にリリアンの何が変わったのかを分析すればいいだけ……。
そう思っていた――。
しかし、その目論見は外れた。
リリアンの手刀が氷華の剣とぶつかった時に気づいたのだ。
【パリィィン!!!】
まるでガラスが壊れるような綺麗な音。
しかし、その音は俺達にとって破滅の音でしかなかった。実際に目前に映る景色を見て氷華の目からは希望が消えていった。
そう。リリアンは姿を変えた事によって先程までとは比べ物にならないパワーを手にしたのだ。
そして、その攻撃を受けた氷華の剣は、無残にも真っ二つに折れたのだ。




