80 幼馴染は、遅れてやってくる
人形のように無表情になるリリアン。
その頃には、もう火の雨は止んでしまった。恐らく、石黒の魔法が終了したのだろう。
それもあってか彼女は少し顔を緩める。
「少しだけ、食糧を取っておいてよかったなぁ……こんな使い方があるなんて思わなかったよ」
「さっきから何言ってる?」
「お兄ちゃんは黙って見てなよ。今から会わせてあげるからさぁ!」
ズズズ……。
少女が勢いよく腕を上げると、改札口付近の床から大きな牢が現れだした。
ゆっくりと床からはい上がるその光景に、俺は顔を歪ませる。だがすぐにそれが何なのか……理解する事が出来たんだ。
何でって? それは聞こえるからさ。巨大な牢に閉じ込められた人々の声が。
その声は老若男女問わず聞こえるんだ。鉄格子の向こう側に見える人々の姿と、助けを求める声。
「誰か助けてくれぇえ!」
「うぅぅううう……」
俺は一度振り向いた後、リリアンを睨みつけた。
「あれは……何だ?」
「何ってヒトよ。お兄ちゃん達はあれを助けに来たんでしょ。もう私達がだいぶ食べちゃったけどね」
「……なぜ、今俺の前で見せたんだよ」
「怒ってるの? ふふふ。観客にちょうどいいかなって思ってね。お兄ちゃんが殺される所を見せて、悲鳴を聞きたいな〜なんてさ」
「趣味の悪い化け物だな」
「お兄ちゃんこそ。私のペットを皆殺しにしといてよく言うわね」
俺とリリアンの間に嫌な沈黙が広がった。
まぁ、俺が一方的に黙っただけなんだけどな。さっきの発言からすると、やはり化け物はヒトを食べるみたいだ。
そう思うと自然に気持ちが悪くなる。
どうしても想像してしまうんだ。ヒトが化け物に喰われる映像を……。
ボオッ。
ちょうどその時だ。
火を切り裂く音と同時に、俺の目の前に信じられない光景が映った。それは石黒大将。
彼は、火の壁を抜けてこちらへと近づいてきたのだ。
しかも床を踏みしめて進んできたわけでは無い。
彼は盾を踏みつけて宙を飛んでいるのだ。攻撃態勢を充分に整えながら……。
彼の周りには剣や斧、十字架、ランスなどの様々な武器が浮遊して全てがリリアンに向けて刃を向けていた。
「これより、国民の保護を開始する!」
大声で吠える石黒大将。
しかし、彼の勇敢な姿をリリアンは冷めた目で見つめる。
「だから、遅いっておじさん」
「ははは! またいつもの高速移動かのぅ?」
「そうよ……」
リリアンはそう言うと一瞬でその場から消えた。
でも、本当は消えたわけじゃない。俺の目にはしっかりと映っているんだ。
彼女が石黒大将に向かって突っ込んでいった姿が……。
待て……止まってくれ……。
俺は彼女に向かって精一杯に手を伸ばす。でも、どうしても届かないんだ……力はあるのに触れる事がどうしても出来ない。
そんな状況が悔しくて俺は唇を噛み締めた。また、死者を増やしてしまうのかと。
そんな風に思っていると、空中から彼女と石黒大将の会話が聞こえてきた。
恐らく、リリアンは既に彼の前に現れたんだろう。
「おぉ。やはり早いのぅ」
「恐怖心は無いのおじさん?」
「無いぞ……儂は、死なんからな!」
ガシャン!
リリアンが現れた瞬間。
石黒大将を囲む武器の切っ先が全て、彼女の心臓一点に絞って向けられた。
その光景を見る彼は、ニヤニヤとした表情でリリアンを見つめている。
「最初から、スキルを発動してお主に攻撃していたんじゃよ。儂はノロいからな……これで攻撃タイミングが合うじゃろ」
「へぇ。おじさんよく考えたね」
「大人しく死んでくれると、ありがたいんだがのぅ」
「それはこっちのセリフだよ?」
石黒大将が微笑んだ時に、一斉に武器が加速した。それと同時にリリアンも右足を武器の切っ先にぶつける。
ドゴァン!!!
二つの攻撃がぶつかると爆音を響かせながら、衝撃波がこちらまで伝わってきた。先程まで通路を塞いでいた炎の壁が吹き飛んだ程だ。
それに、あまりにも強烈な爆風によって砂煙が舞い、石黒大将とリリアンが次回から隠れてしまった。
「おい! あれって自衛官じゃないか?」
「私達を助けにきたのよきっと」
この爆音と衝撃波を、牢に囚われた一般市民も気がついたみたいだ。
皆、鉄格子に顔を近づけてこちらの様子を伺っている。
まるで、救世主が現れたかのように追いすがるを目をして。
しかし、現実に救世主など存在しない。
砂煙が晴れるとそこにいたのは、リリアン一人。石黒大将は衝撃波に吹き飛ばされて壁にめり込んでいた。
その光景を見る一般市民は絶句している。
「あぁ。せっかくのドレスが破けちゃったよ。それに……私の足に傷までつけて……」
リリアンはかすり傷程度の傷を右足に負っていた。血が出ない程の本当に些細な傷だ。
だが、彼女はそれが気に食わなかったらしい。
「補給しなくちゃ……」
不可解な発言を残すと彼女は、再びその場から消した。その目的地とは一般市民の入った牢である。
なぜ急に一般人を狙うのか。俺は理解が出来なかったが、ただ黙って見ている事など出来ない。
何とか止めようと進路に立ち塞がろうとしたんだ。でも、やはり止める事が出来ない。
彼女は俺の体を通り過ぎると牢に向かって一直線に飛ぶ。
もうダメだ……一般人が殺される……。
そう思った時だった。
鎧と鎧が擦れる音が地下鉄構内に響き渡る。そして、女性の声も……。
「魔法・筋力超向上!!」
ガシャンガシャンガシャン!
その鎧に身を包んだ女性は、異常なスピードで牢まで駆け寄るとリリアンの前に立ち塞がった。
大剣を寝かせて、リリアンを受け止めようとする騎士。
しかし、リリアンはそれを嘲笑いながら顔を前に出してすり抜けようとする。
先程までと同様なら、リリアンがすり抜けてお終いだろう。だがこの時は違った。
キィン!
突如現れた騎士は大剣が、彼女の額にぶつかったのだ。要するにリリアンはすり抜けれなかったって事だ。
俺は言葉を失ったよ。
現れた騎士の正体も何となく想像がついていたし、ましてやその助っ人が、幽霊みたいな化け物をいとも容易く止めたんだ。
もちろん、驚いているのは俺だけじゃ無い。
「私を止めるなんて……お前は……王か?」
大剣を素手で掴みながら、騎士を見つめるリリアン。彼女は初めて怒りを滲ませて言葉を口にした。
しかし、突然現れた騎士はリリアンの問いかけを無視して、俺の方向に顔を向けたんだ。
「ちょっと蓮。今、どんな状況なのよ」
「説明は後でする……今は手を貸してくれ」
――氷華。




