76 守り神の意地
――なんで私のペットを殺したの?
床に座っていた俺……そんな俺の前に少女が現れたんだ。
赤いワンピースを着て、俺を見下ろす少女は悪魔のような笑みを浮かべている。
まるで人間じゃないみたいに。
■□■□■□
「はぁ……」
俺はため息をついた。
せっかくケルベロスを倒して一息つけると思ったのに……ゆっくり出来なさそうなんだ……ため息をついてもしょうがないだろ?
顔を歪ませながらも、その少女の問いに応えたよ。
もし化け物ならケルベロスの時みたいに倒せばいいかなって、この時は思っていたから。
「自衛官達を守る為だ」
「……あの人達……あの人達のせい?……」
少女は俺の後ろを指差し、自衛官を見つめている。
その表情は怒りに満ちていた。興奮を隠せず、目を見開いて一心に見つめている。
「あんなザコ達のせいで……死んじゃったのか……」
そんな少女は前を見つめたまま、小さな声で呟いたんだ。悲しそうな声だった。
ピタッ……。
その後に彼女は、俺におでこを押し付けて囁く。
先程までとは違い無邪気な声で。
「へぇ……お兄ちゃん、奴隷なんだ。あんなに強かったのに……ふふふ。後で……遊ぼうね」
「……君は……何者なんだ?……」
「ふふっ……」
俺が質問をすると、彼女はニッコリとした笑顔でこちらを見つめるだけで何も言わなかった。
不自然なくらいの笑顔で違和感を感じるほどだ。
そんな時だった。
俺と少女に向かって足音が聞こえたんだ。恐らく、一人の自衛官だと思う。
さっき俺が声をかけたからな……。
ダッダッダッダッダッ!
「おい! 大丈夫かい?」
足音共に聞こえる自衛官の声。
「……こっちへ来るな!!」
「え? それってどういう…………うぐっ……」
しかし、俺は後ろを振り向いて自衛官に警告したんだ。
あの少女は改札口から一瞬で俺の所へ移動してきた……普通ならあり得ない。
そう。俺はこの時、少し焦っていたんだ。
もしかしたら化け物かもしれない……逃げてくれ…って。
でも……。
願いは叶わなかった……。
コツ……。
足音が止んだ。
自衛官は立ち止まってくれたのだが……俺の警告を信じて立ち止まったんじゃない。立ち止まらざるを得なかったのだ。
振り向いた先で俺の目に写ったのは自衛官と……。
――少女だった。
「カハッ………」
ズボッ……。
「おじさんのせいで……私のケルベロスが死んだんだよ?」
冷淡な口調で語る少女。
俺は目を疑ったよ。自衛官の前に少女が移動していたんだ。
しかも、彼女の腕が彼の腹部を貫通していた……即死するほどまで深く……。
「おじさん弱いね……あっ……村人か〜。死んで当たり前だね!」
彼女の表情はここからでは見えないが、声は明るく楽しげであった。
そして、腹部を貫かれた自衛官は徐々に白く……透明になっていく。
どうやら、プレイヤー側も死ぬと消えるようだ。結局、その自衛官は光となって消えた。
「ハハハ……ハハハハハハハハハ!」
突然笑い出す少女……彼女の黒く長い髪が金色に……赤いワンピースが黒いドレスになっていく。
そして、その少女のステータスが見えたんだ。
胸に手を置いてもらわなきゃ見えないはずのステータス、何もせずに見えたという事は、あの少女は化け物側だって事。
そのステータスを見て俺は震えたよ。
――全滅するんじゃないかって。
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● 皇女【リリアン】 Lv.500
○HP…『Error』
○状態…『物質無効』
○殺人カウント…『Error』
憂国の皇女。元々は民から慕われる統治者であった。
しかし、老いてゆく自身の姿に絶望し、若さを維持する為に禁忌を犯した……人外となる禁忌を……。
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嘘だろ……Errorって何だよ。
俺がステータスを見た時には、自衛官達も少女が仲間を殺害したことに気づいたようだ。
しかし自衛官達は、ステータスがまだ見れないのかもしれない。
少女と彼等の間には距離が存在するからだ。
そのせいか、本来なら撤退すべきはずなのに、石黒大将の合図で一斉に銃口を向けた。
ダメだ……逃げろ……逃げてくれ……。
俺は床から立ち上がると、彼らに向かって大声で叫んだ。
「逃げてくれ!!」
と。
しかし、忠告は聞き入れられなかったんだ。
「大丈夫だ蓮君、儂達と少女の間には距離があるからのぅ」
石黒大将は俺の忠告を無視して命令を続行する。
「総員! 構えろ!」
「「イエッサー!!」」
カチャカチャカチャ……。
銃口を一斉に向けられた彼女。
しかし、そんな状況にも関わらず銃口の先にいる彼女は、腕を組んで首を傾げていたんだ。
その表情は恐怖ではなく、疑問を表していた。
「おじさん達、そんなオモチャで私と遊ぶつもり?」
「オモチャだと? 試してみるか」
自衛官の一人が少女を威嚇した。
しかし、言葉とは裏腹に手が震えていたんだ……当たり前か……あんな死に方を見れば誰でもそうなる。
俺も、恐怖で体が動かなかったんだから。
そんな緊張感が漂う中、少女は突然笑い出したんだ。まさに悪魔の笑い声だったよ。
腹を抱えながら笑うその姿は天使のようだったけどさ。
「ハハハハハハ!!!」
「な……何が面白い!」
「オモチャで私を倒せると思ってるなんて、おかしいでしょ?」
「……何だと」
「うん……まぁ……いいよ。遊んであげる」
「構えろ!」
カチャカチャカチャ!
彼女に向かって隊員全員が銃口を向ける。
そして……。
「打て!」
パパパパパパパパパパパパパパパパ!
銃声が響き渡る。
自衛官達はどうやら俺の事など気にしていないようだ。
まぁ……ケルベロスとの戦いを見て、俺に銃弾が効かないって分かったんだろうな。
俺は急いでスキルを発動したよ。
集中が切れて、ケルベロスを倒した時の状態が解けていたんだ。
【ALL CHANGE発動します】
【HPから防御値に10万移動します……】
キンキンキンッ。
スキルを発動した俺にとって、銃弾は意味をなさない……全て弾き返す。
でも……。
俺だけじゃなかった……少女にとっても、銃弾は意味をなさなかったんだ。
「な、なんだあれは……」
自衛官が困惑の表情を浮かべる。
なぜなら少女は笑顔のまま、銃撃の中で立っていたからだ。
しかも、弾いてるんじゃない……銃弾がとおりぬけている。
その光景を見て、俺は足を前に進めたんだ。
もう、怖いとか言っている場合じゃない……少女が動き出す前に倒さないと……。
【ALL CHANGE発動します……】
【HPから攻撃値に1000万移動……防御値に……】
俺がスキルを発動しようとしている……その時だった。
「お兄ちゃん? 後で遊ぶって言ったでしょ?」
「え?……」
少女が急に俺の前に現れたんだ。
ジャンプしたのか分らないが目の前に彼女の顔がある……その表情は冷たいものだった。
そして……。
ドガッッッ……!!
横腹に一蹴り……その勢いは凄まじく、俺は壁に叩きつけられたんだ。
まだ、十分な数値を防御値に割り振っていないのにさ。
「カハァッ………」
久し振りにまともな攻撃を喰らったよ。
パラ……パラ……。
そして、そのまま床に落ちた俺は脇腹を抑えながら少女の背中に手を伸ばしたんだ。
銃弾の雨の中、自衛官達にむかって歩く少女の後ろ姿に向かって。
そんな銃撃の中……少女は大声で自衛官達に問うた。
なぜ逃げないのかと。
「おじさん達? 今の見ても逃げないの? ケルベロスを倒したお兄ちゃんを吹き飛ばしたんだよ?」
「……ははは。だからこそだよ。お前みたいな奴を放置するわけにはいかねぇだろ!――それに、俺らは単なる一般人じゃねぇ! 俺らは……守り神なんだ!」
「おじさん達……本当に面白いね……」
少女は自衛官の答えを聞くと、下を向いて少し笑った。
そして、満面の笑みを浮かべて前を向く。
「……じゃあ……その守り神とやらは、何秒戦えるのかな?」
――悪魔のような笑みを浮かべて。




