75 スローモーション
自衛官達が苦戦したケルベロス……。
それを、いとも簡単に討伐した少年を見て彼等は驚いていた。
何しろその少年の職業が【奴隷】だと言うのだから、信じられないだろう。
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「え?……」
顔をしかめる自衛官達。
俺が【奴隷】だって、正直に話したらさ。
自衛官達は口を開けて驚いていたよ……嘘だろ?、って表情だった。
でも、しょうがないだろうけどね。
奴隷は最弱……これが常識なんだから。
驚きを隠せない自衛官が、何度も確認してきたほどだ。
「ほ……本当に奴隷なのか?」
「はい。そうですけど」
俺は、その確認に対して笑顔で答える。
何度も確認されるのは正直良い気分ではない。
けど、そんな事で一々腹を立てていてはこの先やっていけないからな。
それに、まだ安心できる状況じゃないんだ。
ケルベロスが数匹残っている。
実際、俺の後ろからはケルベロスの声がまだ聞こえているんだ。
先程よりも大きい唸り声……仲間を殺され、荒ぶっているのだろう。
そう思っていると自衛官の一人が、後ろを指差して叫んだ。
「危ない! ケルベロスが走ってきたぞ!」
「ガルルルルルル!」
ダッダッダッダッ!!!
確かに……こちらに向かってきているのだろう。
足音が聞こえる……。でもそんな事、俺にとってはどうでもいいんだ。
どうせ、噛み付かれても痛くも何ともないのだから。
「少年ッ! 避けろ!」
声を荒げる自衛官。みるみるうちに顔が険しくなっていく。
しかし俺は動かなかった。
待っていたんだ。
向こうからこちらに来るのを……そして……。
「ガルルルルルル!」
俺の耳元で呻き声が聞こえた後、ケルベロスの牙が肩に突き刺さろうとしているのが少し見えた。
まぁ……こんなの効かないけどね。
パキパキッ……。
やっぱり、俺の予想通りケルベロスの歯は飴細工のように粉々に砕けた。
俺が振り向くと、ケルベロスはその赤い目を大きく開けたまま空中で固まっている。
「じゃあな……ケルベロス……」
パッ……。
俺は、拳でケルベロスを貫いた。貫かれたケルベロスは一瞬のうちに消える。
さっきと同じだ。いや、今回は足に力を入れてないので床に穴が空いていないな。
攻撃していて思ったんだが、力を入れる必要がないらしい。
少し拳を当てるだけで、化け物は消失しそうだ。
「おい……嘘だろ?……」
消え去るケルベロス……それを見ている自衛官の声だ。
目の前にいる少年には、ケルベロスの牙も効かず……一瞬で化け物を葬り去っている。
そんな光景を見た自衛官は困惑の表情を浮かべていた。
小さな声で呟いているのが聞こえる。
「あれは、魔法か?」
彼等は魔法だと思っているようだ。でも、すまないな。俺には魔法なんて使えない。
しかし、俺は誤解を解くよりもまず、残ったケルベロスの討伐を優先させた。
あと数匹しか残っていないんだ。どこかに逃げられるよりも今片付けたい。
コツコツコツ……。
俺はケルベロスに向かって歩き出した。
ゆっくり……ゆっくりと……要するにケルベロスに襲いかかって欲しいんだ。
そうした方が穴を増やさなくて済むしな。
力んで床を蹴ったら、このエリア自体が地下に沈みかねない。
ただでさえ穴だらけだっていうのに。
コツコツコツ……。
「どうした? かかってこないのか?」
「ガルルルルルル!」
俺は歩きながらケルベロスを挑発する。
腕を組み、ニヤつかせるその表情は、側から見れば異常者かもしれない。
しかし、俺にとってケルベロスは最早化け物でも何でもない。
拳に触れれば消えてしまう、儚い存在なのだ。
まぁ……今の俺の攻撃値は1000万以上あるのだから、当たり前の感情なのかもしれないが。
「ガルルルルルル!」
ダッダッダッダッダッ……。
そう思っていると、ついにケルベロス達が襲ってきた。
一斉にだ。
でも、能力を上げたお陰か、化け物の動きがスローモーションに見える。
遅い……遅すぎる……これじゃ、止まっているのと同じじゃないか。
俺は歩きながら拳を当てていった。力を込めて貫く必要なんてない。
パッ……。パッ……。パッ…。
拳に触れるたび……ケルベロスが消えていく……。
最初からそこには何もなかったかのように、俺が歩いた跡には何も残らない。
そして………。
コツ………。
俺が立ち止まる時には、ケルベロスは一匹たりとも残っていなかった。
もう終わりか……。俺はどこか物足りなさを感じつつも、体を回転させる。
自衛官達の元へ戻るために。
振り向くと自衛官は各々、独り言を呟いていた。
その一つを聞いてみると、どうやら彼等には俺の動きが見えなかったらしい。
「何が起きていた? あの少年が歩くと、化け物が一瞬で消える……」
自衛官達は口を開け、また固まっていた。
状況を理解できていない……そういったように見える。しかし、俺も状況が理解できていないんだ。
驚いているところ悪いが、自衛官達に質問させてもらったよ。
何であなた達がここに来たのかって。
「あの……すみません。ちょっといいですか?」
「…………ん、質問かな?」
「はい……。何で突入してきたんですか? 俺は石黒大将から、二人でここを制圧するって聞いてましたけど」
「え……? 私達はそんな事聞いてないぞ……」
首を傾げる自衛官……。いや、首を傾げたいのは、こっちだよ。
何で連絡がうまくいってないんだ……。
俺が呆れた顔でボーッとしていると、一つの疑問が湧いてきた。
あっ……そういえば……。
「石黒大将はどこにいるんですか? 銃撃を始める前に注意してたの俺だけだったじゃないですか」
「あぁ……大将なら、ほら。あそこにいるけど」
自衛官が指をさすのは、改札口近くの柱だ。
でも、そこに石黒大将はいない……ん?……。
いや……柱のネズミ色より少し明るい箇所がある。
俺が柱を眺めていると、自衛官がその方向に向かって大声で叫んだ。
「大将〜! こっち終わったんで、早くきてください!」
「分かった! 今いくぞ!」
柱から聞こえる大将の声……もしかして、石黒大将のスキルって柱になるスキルなのか?
俺は腕を組んでジッと見ていた。
だが、もちろんそんなスキルは無い。
しばらくすると分かったよ。石黒大将は盾を構えていたんだ。
自らの体を覆い隠すほどの巨大な盾。
その盾の色彩が、柱のそれと酷似していたため、俺は気づく事が出来なかった。
石黒大将は。その盾のサイズを小さくして掌に収めると、こちらに向かって歩いてきた。
その顔は、少し不機嫌そうだ。
「お主ら! いきなり銃撃を開始するな! 儂が防具を装備していない事を知っとるじゃろう!」
「いやいや。大将が盾を持っている事も知っているので。――それよりも、何で勝手にこの出口に入ったんですか? 俺達、何も聞かされてないですよ」
「もしお主らに言ったら付いてくるじゃろう。一人で制圧するなんて危険すぎる、とか言ってな」
「まぁ……それはそうですけど」
コツ……。
石黒大将は、こちらに辿り着くと突入してきた自衛官に指示を出している。
「無線を使って、地上に連絡してくれんか? 制圧完了と」
「イエッサー!」
敬礼をして無線で連絡を始める、自衛官。
はぁ……やっとだ。
やっと落ち着ける……。そう思うと、俺は床に座り込んだ。
いくらステータスの値が高くとも、精神的に披露する事は免れない。
何も考えずに改札口の方を見ていた。
すると……。
足音が聞こえてくる。
コツ……コツ……。
今度は複数じゃない……単体だ。
またケルベロスか?……この場にいる誰もがそう思ったと感じる。
しかし、違ったんだ。
改札口から出てきたのは小学6年生くらいの少女。荷物を持たず、赤いワンピース姿でフラフラと歩いてきた。
それを確認すると、俺は後ろを振り向いて自衛官達に呼びかけたんだ。
「あの! 女の子がいます!」ってさ。
後は自衛官に任せよう。
そう思って再び、改札口の方向を向いた。
すると……。
「お兄ちゃん……」
「………え?……」
びっくりしたよ。
さっきまで遠くにいたはずの女の子が目の前にいるんだから。
しかも、変な事を言ってくるんだ。
「何で?……」
――私のペットを殺したの?
って。




