73 制圧開始
――………無線……切れました………。
新田隊員の言葉で、戦車内は静まり返ったんだ。
後に響くは戦車の走行音のみ。
キュララララララ………
戦車内の一同は皆、顔を下に向けていた。
■□■□■□■□
この沈黙の中で俺は思っていたんだ。
もう……救出する人々はいないんじゃないか?
もう……化け物共に襲われているんじゃないか?……って。
恐らく、他の自衛官達もそう思っているんだと感じる。
この沈黙はしばらく続いたんだ。
重苦しい………いやな沈黙が。
キュラララララ……
戦車の走行音が響く中、数分間。
誰も口を開かなかった。
そんな重苦しい雰囲気で、最初に口を開いたのは新田隊員だったんだ。
その内容は世間話ではない……死地に着いたという報告だった。
キュラララ……ラ……
「……着いたぞ…………帝都駅だ……」
その声は元気が無く、新田隊員自身、膝に肘を乗せて操縦席から動こうとしない。
この中で1番権限を有する石黒大将が、先に動く始末だ。
無理矢理、笑顔を作って俺に話しかける。
「蓮君。儂らは先に行こう……1番大きな帝都駅への出入り口が、集合場所になっとる」
「は……はい」
なんで戦車を降りた所で集合しないんだろう?
俺は疑問を抱えながら、重い腰を上げて戦車から出た。
その理由はすぐ分かる事になる。
外に出た瞬間……視界が真っ白になったんだ。
パシャッ!!パシャッ!!
うっ………眩しい……。
外に出ると、カメラの大量のフラッシュに襲われたよ。
思わず手で顔を隠す程だ。
そのフラッシュの方向からは人の声が聞こえる。
特に大きな声を発しているのは……記者……かな?……マイクのような物を持って叫んでいるんだ。
まるで、自衛官を責め立てるように。
「……政府が地下鉄全域や、建物の地下部分を立ち入り禁止にしましたよね!! 何があったんですか! 答えてください!」
フラッシュに目が慣れると徐々に状況が分かってきた。
自衛隊や警察が壁を作り、人々を近づけないようにしているが記者や野次馬で溢れ返っている。
その異様な光景に呆気にとられていると、記者からの質問がまた聞こえた。
「……また、自衛隊が銃器を使用しているとの噂がありますがどう思われますか? これは……違法行為だと思うのですが!?」
ワーワーワー………
様々な人が、バリケードを作っている自衛官や警察に詰めかけている。
10m以上も離れているはずなのに、こちらまで聞こえてくる程だ。
この光景を見て、石黒大将が戦車から降りた所を集合場所に選ばなかった理由が分かったよ。
こんな所じゃ集中できない。
早く……地下鉄構内に行こう。
こんな所に居たくない……俺は止めた足を動かして、石黒大将に導かれるまま帝都駅の出入り口へと向かった。
コツコツ……コツ………。
俺が帝都駅へと通じる階段に足をかけた。
その時だった。
「うるせぇ!! お前ら好き勝手に書きやがって!!!」
え? この声ってもしかして……。
後ろから聞こえる怒鳴り声……それは、俺がいた戦車の方向から聞こえたんだ。
「お前らが書いた記事でなぁ!! 第一次ダンジョン探索時には、ろくな装備も出来なかったんだぞ!」
シーン……。
怒りに震える声……その声の主は新田隊員だった。
その姿を見て記者達は、カメラを下ろして新田隊員を見つめている。
そう。魂の叫びのような声は、場を静寂にさせたんだ………もしかして、自衛官の思いが伝わったんだじゃないかな?……
そんな甘い考えを……俺は持っていた。
しかし……。
パシャ………パシャ……パシャ…
パシャパシャパシャ!!!
「おぉ……ずいぶんと明るいのぉ………」
「………石黒大将?……」
その後、焚かれる大量のフラッシュ……それを見つめる石黒大将の目は、ひどく冷たかった。
彼もこんな場所からすぐにでも立ち去りたかったのだろう。
俺に声をかけると1人で階段を降りだした。
「蓮君。早く行こうかのぅ。新田もじきに来る……」
「分かりました……」
コツ……コツ………
階段を降りる足音が、響く。
そんな中で俺は、地下に向かっている間、周りを見ていた。
化け物が出てきたって事は、地下鉄内もダンジョンみたいに変わっているんじゃないかな?
そう思いながら辺りを見回したが、少なくとも改札口へ続く階段はいつもと変わらない。
どこにでもある地下鉄の階段だ。
それに……。
ヴィヴィヴィ………
この地点までは電気が通っているようだ。
多少暗くなったり明るくなったりと、安定はしていないが視界は確保されている。
コツ………
階段を降りきると、俺と石黒大将は改札口に通じる大きな一本道を歩いていた。
そんな時、石黒大将は俺に声をかけてきたんだ。
コツコツコツ……
「蓮君……一言、言っておきたいことがある……」
「……どうしたんですか?」
「………すまないな……」
「……え?………」
突然、俺に向けて謝る石黒大将……歩きながらだが、確かに謝っていたんだ。
この作戦に誘った事を謝っているのかな?
危険すぎるって事で。
俺は首を傾げながら、石黒大将の背中について行った。
すると。
帝都駅の改札口が見えてきたんだ。
人っ子1人いない……駅の改札口が。
本当にみんな避難したんだな…………え?………。
みんな?……。
みんな避難したのか?……制圧している自衛官達は?……
コツ………
俺が混乱している中、石黒大将は突然足を止めた。
改札口から離れた場所で。
そして、俺に謝った理由を話したんだ。
前を向きながら。
「……すまない。先程の説明は嘘じゃ………グリーシャさん達は外で待たせておる。――すぐには来ないじゃろう」
「え? なんでですか? 制圧領域で集合って……」
「いや…………実はな……この出入り口、制圧に失敗してのぉ。本来なら爆破して塞ぐべきなのじゃが。――1番大きなここを封鎖すると、作戦に支障が出るんじゃ」
「という事は……もしかして………」
「気づいたかのぅ? ………蓮君……儂と2人で、今からこの区間を制圧してもらうぞ。――外に待たせておる者達は、制圧後に入れるつもりじゃ」
「…………………」
「怖いか? なら地上へ戻ってくれても構わんぞ」
「………いいえ。もう無理ですよ」
そう。もう戦わずして地上に戻るなんて不可能だ。
俺は気づいていた。
先程から、犬のような呻き声が聞こえる事に。
後方から……しかも大量に。
『ガルルルル』
俺がゆっくり後ろを振り向くと、あいつらが居たんだ。
大型犬のサイズに頭は3つ……狼の体と頭を有して、目を真っ赤に輝かせている。
その姿は……まさにケルベロス。
しかも…………。
「お前ら、どこから湧いてきたんだよ?」
俺の目の前にいるケルベロスは、10体以上だ。
さっき通ってきた道のはずなのにさ。
でもまぁいいか……もう戦うしかないんだ。
俺は覚悟を決め、目を閉じて深呼吸をした。
そして臨戦態勢へと……。
――【ALL CHANGE発動します……】
俺は、スキルを発動したんだ………。




