70 向かう先は
――え?………
俺と氷華は、グリーシャさんの顔を見つめていた。
だってそうだろ? ロシアの保管庫から勝手にアイテムを出すなんて……正気じゃない。
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俺と氷華の困惑する顔を見て、グリーシャさんは首を傾げていた。
「ん?……どうかしまシタカ?」
「グリーシャさん。勝手に……って聞こえたんだけど。――まさか俺の手にかけたのって」
「YES!!ロシア軍の倉庫から拝借してきたんデス!」
「え……でもさっき、グリーシャさんは自分で探索してきたって言ってませんでしたっけ?……」
血の気が引いていくのが分かる。
俺の顔、だんだん白くなっているのかなって思ってたよ。
軍隊……しかも外国の軍隊だぞ。
そんな所から勝手に取ったら俺、犯罪者になるんじゃないかって不安なんだよ。
でも俺のひきつる表情を見ても、グリーシャさんは笑っていたんだ。
「HAHAHA!ジャパニーズは心配性デスネ!!確かに私がアイテムを取ってきましたけど、所有権は軍隊にありマス!――私、ロシア軍に所属してますカラ!」
「……って事はグリーシャさん………あなた軍人なんですか!?」
俺は思わず声をあげてしまった。
グリーシャさんが軍人とは思えなかったんだ。
勝手なイメージだけど、筋肉ムキムキの厳つい男のイメージが強いんだよな。
俺はひどく驚いたが同時に心の何処かで安心していた。
何でかって? それは彼女が軍人だからさ。
自らが所属している軍隊からアイテムを取るなら、特に問題ないと思ったんだ。
「なんだ……じゃあ特に問題はないんですね」
「イエ〜ス!バレなければ何も問題ないデス!!」
「………………」
グリーシャさんの答えに言葉の詰まる俺。
そんな俺に向かって、氷華が肩を叩いてきたんだ。
「ま……まぁ、よかったじゃない。傷も治ったことだし」
「……え………俺、ロシアから命狙われないよね?……」
「多分ね……」
「……まぁ最悪。スキルを使って逃げるよ」
「HAHAHA!大丈夫大丈夫!どうせ気づきまセーン!」
高らかに笑うグリーシャさん。
彼女は、ずいぶんとポジティブな性格のようだ。
表情が一切曇っていない。
俺には真似できないな……と歪んだ顔で彼女を見ていると、後ろから足音が聞こえた。
ザッザッザッ……
「おい!氷華様の幼馴染!!」
この声は……西園寺の声だ。
後ろから聞いていても分かる。
恐らく、石黒大将の治療が終わったんだろう……元気な声だったんだ。
それを聞いて一安心した俺は、ゆっくりと振り向いて会話を続けた。
「回復したみたいだな。西園寺……」
「あぁ……自衛官の方に治療していただいたよ」
「全く……もうこれに懲りて、氷華にはつきまとうなよ」
「………分かった……今回は僕の負けだ。――氷華様……ファンクラブは解散させて頂きます」
「は……はい」
西園寺は氷華に向かってお辞儀をすると、悔しそうに拳を握りしめていた。
想像していたよりもあっさりと負けを認めたので、氷華は驚いていたよ。
俺もさ。
そんな姿を見ていると少しやりすぎたかな……って感情が湧いてきたんだ。
でも、そんな心配する必要なかった。
西園寺は勢いよく上半身を上げると、また勝手に約束を作ったんだ。
「……ただし!!僕は、また蓮に戦いを挑むだろう!その時に勝てば……ファンクラブを復活させていただきます!」
「西園寺……お前、やっぱ懲りてないだろ……」
「ははは。懲りているさ!次に戦うまでにレベルを上げておくよ。――あっ………ちなみに僕は第2班の班長だ。よろしく!」
「へぇ……班長なんてあるんだな」
「君……受付で聞いてないのかい? 班の番号が低ければ低いほど、その班全体の戦力が大きくなるんだ」
「え?……てことは俺らの班が1番強いのか……」
「それはもちろんさ、王である氷華様がいるからね。――でも……君も相当強いね」
「あ……ありがとう」
「ダンジョンで何かあったら……氷華様を頼むよ……僕も近くにいたら援護するけどさ」
「ははは。氷華がピンチになる場面なんてないだろ!」
「うん。そうだと思うんだけどね……氷華様を慕う身としては心配なんだよ」
「安心しろって!大丈夫だ。何かあったら西園寺を倒したスキルで氷華を守るからさ」
「ははは。君も言うねえ!」
「………悪かったよ……まぁ、でも大丈夫だろ。今回はダンジョンで装備を見つける事が目的なんだし」
「それもそうだな……もうそろそろかな? ダンジョン探索が始まるのは」
西園寺がそう言って腕を組んだ……その瞬間だった。
拡声器を使って、1人の自衛官が驚くべき事を口にしたのだ。
〈えー。皆様、申し訳ございません。本日は中止とさせていただきます〉
〈えー。繰り返します………〉
突然の中止の報告に会場全体がどよめく。
もちろん、俺達も動揺していた。
先程、あれだけの演説をしておいて……なぜ中止するのか?
俺には理解出来なかった。
そんな困惑する俺達の前に、石黒大将が歩いてきたんだ。
悲しそうな顔をしながら手を後ろに組んで。
ザッザッザッ……
「どうしたんですか!なぜ中止に……」
俺は声を荒げた。
でも、言葉を言い終える前に、石黒大将が軽く頭を下げてきたんだ。
――君達の力を貸して欲しい、と。
「どうしたんですか一体……」
「実はな……今しがた政府から連絡があってな……一般市民が怪物達に囲まれたらしいのじゃ。――今の所は身を潜めておるらしいが、早く救出せねばならん」
石黒大将の言葉に、俺は血の気が引いていくのを感じた。
一般市民が怪物達に囲まれるという事はつまり……ダンジョンの外へ怪物が出てきたという事だ。
遅かったか……ダンフォールさんが言ってたみたいに、怪物達が地上に出始めたのか……
俺は、地面を見つめながら石黒大将に確認した。
もう手遅れなのかと。
「………そんな……怪物達が地上に出たって事ですか?」
俺の質問に対して石黒大将は即答しなかったんだ。
しかし、少しの間を置いて答えてくれた。
「…………いいや、違う。儂らが向かうのは……」
――地下鉄構内じゃ。




