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68 演説

 

 ――死なない覚悟はあるか?



 グラウンドを一望できる高所から、石黒大将はその言葉を放った。

 巨大な十字架の横部分に立ち……優しい表情を向けて。




 ■□■□■□




「おい。なんだよ……あの自衛官」



「……死なない覚悟?………」



「ダンジョンって。そんなに危険な所なの……」



「気になる……どういう意味なんだろ?」





 グラウンド中から聞こえる雑音……ダンジョン攻略部隊の為に集まってきた人達の声だ。



 突然現れた高齢の自衛官に、死なない覚悟はあるか?、と聞かれたのだから無理はない。

 混乱しているのだろう。



 辺りを見回すと、他の自衛官はビシッと石黒に敬礼をしていた。



「すごいな………石黒大将は………」



 俺は周りの光景を見てそう思ったんだ。

 自衛官に敬礼されているとか、そういう意味じゃないよ。




 ――全員だ。



 この場にいる全員が、石黒大将を凝視していたんだ。

 彼の言葉には、人を惹きつける力がある……そう、確信したね。




 全員が彼を見上げ、この次の言葉を期待して待っている。



 そんな彼らに向かってもう一度、微笑(ほほえ)むと石黒は言葉を続けた。




「死なない覚悟……諸君らは、この言葉の意味をどう思うだろうな。――勘違いして欲しくないのじゃが、優しい心遣いや、ただの偽善を意味するのではないぞ!」



「「「イエッサー!!!」」」




 周りの自衛官達が、石黒大将に向かって(こた)えている。

 それを見た石黒は笑っていた。




「ははは。ダンジョン攻略部隊へ応募した者は、やらなくていいからな?……さて、少し昔話をしようか――部下を大勢死なせた無能な指揮官のな」



 無能な指揮官の話………この話の時、彼の表情は真剣なモノへと変わっていったんだ。

 無能な指揮官……つまり自分の事を話している時に。




「あれは、ダンジョンが出現した直後じゃった――政府から指令が通達されたんじゃ。自衛隊をダンジョンへと派遣せよ、とな」



「「うぐっ……」」



 石黒が話し出すと、敬礼していた自衛官が涙を流し始めた。

 よく見ると、受付で俺を馬鹿にしていた男も泣いている。



 何があったんだろうか?……疑問に思った俺は、さらに石黒の話に集中した。

 いや、俺だけじゃない。

 この場にいる全員が彼を見入っている。



 その中で石黒は話を続けた。



「ダンジョンへ派遣せよ、との指令……それは到底受け入れられるモノでは無かった。――然るべき準備をして、未知なる地域へと入るべきだったのだ……しかし、儂は…」



「あれは………大将のせいじゃありません!!あんなの誰にも予想が……」




 自衛官の1人が石黒大将の言葉を遮った。

 それを見て石黒は、その自衛官に向かってゆっくりと(てのひら)を向ける。

 やめろ……という意味なのだろう。



 その自衛官は悔しそうに地面を見つめて、拳を震わせていた。




「その無能な指揮官はじゃな。人員と武器を揃えて未知なる空間へと部下を出陣させたんじゃ。――結果は全滅。1度の投入で数百人規模の犠牲者を出してしまった」



 石黒の言葉にグラウンドは静まり返る。

 ニュースではこんな事、報道していない……多くの自衛官が犠牲になったという事は知っていたが、まさか全滅なんて。



 自衛官以外の人は地面を見つめていた。

 己の選択は正しかったのか?……と。



 しかし、これで石黒の話が終わるわけではなかった。




「全滅はした……だが、無駄死にではないのじゃ。部下は自らの命を顧みず、限界までダンジョンを進んだ――そのおかげで各ダンジョンは、ある一定の区域まで化け物は出てこない。――部下達は化け物達を地上に出さないよう、尽力したのじゃ……」




 バッ!……



 石黒は突然、俺達に向かって敬礼をする。

 そして、こう叫んだんだ。



「儂の死んだ部下達は、諸君らが死ぬ事を望んでいない!!――自らの命をかけて切り拓いたダンジョンが、諸君らの命を切り刻む事を望んでない!!!」



 スー……



 石黒は深呼吸をすると、最後の言葉を放った。



「諸君らを死なせると……儂は、死んだ部下達に顔向けが出来なくなるのじゃ。――死なない覚悟がある者のみ、この場に残ってくれ!」




 石黒の言葉にグラウンドは再び静まりかえる。

 しかし、今回は失望が原因じゃない。



 この場にいる全員が、石黒大将を燃える瞳で見つめていた。



 ――俺達は絶対に死なない……自衛官達の意思を継ぐ。



 と。


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