68 演説
――死なない覚悟はあるか?
グラウンドを一望できる高所から、石黒大将はその言葉を放った。
巨大な十字架の横部分に立ち……優しい表情を向けて。
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「おい。なんだよ……あの自衛官」
「……死なない覚悟?………」
「ダンジョンって。そんなに危険な所なの……」
「気になる……どういう意味なんだろ?」
グラウンド中から聞こえる雑音……ダンジョン攻略部隊の為に集まってきた人達の声だ。
突然現れた高齢の自衛官に、死なない覚悟はあるか?、と聞かれたのだから無理はない。
混乱しているのだろう。
辺りを見回すと、他の自衛官はビシッと石黒に敬礼をしていた。
「すごいな………石黒大将は………」
俺は周りの光景を見てそう思ったんだ。
自衛官に敬礼されているとか、そういう意味じゃないよ。
――全員だ。
この場にいる全員が、石黒大将を凝視していたんだ。
彼の言葉には、人を惹きつける力がある……そう、確信したね。
全員が彼を見上げ、この次の言葉を期待して待っている。
そんな彼らに向かってもう一度、微笑むと石黒は言葉を続けた。
「死なない覚悟……諸君らは、この言葉の意味をどう思うだろうな。――勘違いして欲しくないのじゃが、優しい心遣いや、ただの偽善を意味するのではないぞ!」
「「「イエッサー!!!」」」
周りの自衛官達が、石黒大将に向かって応えている。
それを見た石黒は笑っていた。
「ははは。ダンジョン攻略部隊へ応募した者は、やらなくていいからな?……さて、少し昔話をしようか――部下を大勢死なせた無能な指揮官のな」
無能な指揮官の話………この話の時、彼の表情は真剣なモノへと変わっていったんだ。
無能な指揮官……つまり自分の事を話している時に。
「あれは、ダンジョンが出現した直後じゃった――政府から指令が通達されたんじゃ。自衛隊をダンジョンへと派遣せよ、とな」
「「うぐっ……」」
石黒が話し出すと、敬礼していた自衛官が涙を流し始めた。
よく見ると、受付で俺を馬鹿にしていた男も泣いている。
何があったんだろうか?……疑問に思った俺は、さらに石黒の話に集中した。
いや、俺だけじゃない。
この場にいる全員が彼を見入っている。
その中で石黒は話を続けた。
「ダンジョンへ派遣せよ、との指令……それは到底受け入れられるモノでは無かった。――然るべき準備をして、未知なる地域へと入るべきだったのだ……しかし、儂は…」
「あれは………大将のせいじゃありません!!あんなの誰にも予想が……」
自衛官の1人が石黒大将の言葉を遮った。
それを見て石黒は、その自衛官に向かってゆっくりと掌を向ける。
やめろ……という意味なのだろう。
その自衛官は悔しそうに地面を見つめて、拳を震わせていた。
「その無能な指揮官はじゃな。人員と武器を揃えて未知なる空間へと部下を出陣させたんじゃ。――結果は全滅。1度の投入で数百人規模の犠牲者を出してしまった」
石黒の言葉にグラウンドは静まり返る。
ニュースではこんな事、報道していない……多くの自衛官が犠牲になったという事は知っていたが、まさか全滅なんて。
自衛官以外の人は地面を見つめていた。
己の選択は正しかったのか?……と。
しかし、これで石黒の話が終わるわけではなかった。
「全滅はした……だが、無駄死にではないのじゃ。部下は自らの命を顧みず、限界までダンジョンを進んだ――そのおかげで各ダンジョンは、ある一定の区域まで化け物は出てこない。――部下達は化け物達を地上に出さないよう、尽力したのじゃ……」
バッ!……
石黒は突然、俺達に向かって敬礼をする。
そして、こう叫んだんだ。
「儂の死んだ部下達は、諸君らが死ぬ事を望んでいない!!――自らの命をかけて切り拓いたダンジョンが、諸君らの命を切り刻む事を望んでない!!!」
スー……
石黒は深呼吸をすると、最後の言葉を放った。
「諸君らを死なせると……儂は、死んだ部下達に顔向けが出来なくなるのじゃ。――死なない覚悟がある者のみ、この場に残ってくれ!」
石黒の言葉にグラウンドは再び静まりかえる。
しかし、今回は失望が原因じゃない。
この場にいる全員が、石黒大将を燃える瞳で見つめていた。
――俺達は絶対に死なない……自衛官達の意思を継ぐ。
と。




