67 死なない覚悟
――たしか……蓮君、じゃったかな?
西園寺との戦闘中に突然、間に割って入ってきた巨大な十字架。
その横棒部分に乗っていた高齢な自衛官が俺に話しかけてきたんだ。
聞き覚えのある優しい声で。
俺が顔を上げて確認すると、やはりそうだった。
その声の主は、以前ダンジョンで出会った自衛隊の石黒大将だったんだ。
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ドゴォォォォォン!という大きな音を立てて、地面へと突き刺さった巨大な十字架。
辺りは静まり返り、先程まで騒いでいた西園寺の声すら聞こえない。
そのおかげで、石黒大将の声がよく聞こえるけどね。
もちろん、俺も周りと同じ反応さ。
驚いて声が出せなかった――ただ、彼の姿を見上げる事しかできなかったんだ。
シュタッ……
コツ……コツ…
そんな状況で石黒大将は地面へと降り立ち、こちらへとゆっくり近づいてきた。
その笑顔は崩さずに。
「ははは。驚いておるようじゃな」
「……ど……どうして、あなたがここに?」
「儂も自衛官じゃぞ。ここにおっても何ら不思議ではない――それに蓮君は、不思議に思わなかったのかな」
「……何をですか」
「派手に戦いおって……本来なら、自衛官総出で止めておると言いたいのじゃ――王の彼女も心配しておったぞ」
顔をしかめる石黒。
それを見て、俺は腕を組んで考えてみた。
スキルを発動した西園寺……氷属性の上位魔法も使って、派手に戦っていたな。
それに対応する俺も氷を破壊したり、それなりに音も響いていたはずだ。
戦闘に夢中で気付いていなかったが、誰も止めに入らないのは不自然である。
俺は、周りに迷惑をかけてしまったかと思い、苦い顔をしながら石黒との会話を続けた。
「確かに……あんな派手な戦闘なのに、誰も止めに入ってきませんでしたね」
「……まぁ、それは当たり前なんじゃけどな。儂が、放置しろと命令したんじゃから」
「…え?………」
「そんな怖い目をしないでくれ。ちと、異変に気付いてのう……蓮君は気づかなかったか?」
「いえ。特には何も…………あっ!」
突然、何かを思い出したかのように声を上げる俺。
気付いてしまったんだ。
西園寺との戦闘……あれは、前までの戦闘とは決定的に異なっていた。
驚きを抑えて俺は再び口を開いた。
頭の中で、西園寺との戦闘を一つ一つ思い出しながら。
「……たしか戦闘が始まっても………ターン制ではなくなっていました――それに、広範囲に移動できるように……」
「そうじゃ。ゲーム世界との交わりが、さらに進んでおるかもしれんのう――すまないな。ダンジョンに侵入する前に確認しておきたかったのじゃ」
「いえ。そういう事でしたら………あっ!そういえば西園寺は?……さっきから声が聞こえない……」
「西園寺?………あぁ。蓮君と戦っておった子の事じゃな。心配せんでも良い、疲れたのか倒れておるよ」
「そう……ですか。とりあえず、俺と戦う事は諦めてくれそうですね」
「ははは。そうじゃろう、あの様子では戦えんよ――だから儂が間に割って入ったのじゃ」
ニッコリとした笑顔で語りかけてくる石黒。
そんな表情を見て俺は思ったんだ。
なぜ、もっと早く止めてくれなかったのか、って。
西園寺が氷を身に纏った時点で普通なら止めるだろう。外見だけでも異常さが分かるからな。
でも、止めに入らなかった。
西園寺がスキルを発動するまでのデータだけで、十分じゃないのか?
もし、俺があのスキルを持っていなかったら死んでたぞ。
俺は不信感を抱きながら石黒を見つめていた。
すると、石黒は突然こちらに近づいて耳元でこう囁いんたんだ。
――君は何者だ?って。
「え……それはどういう意味で……」
「君達をダンジョンから外へ出した後、儂1人でダンジョンを探索したのだが、どうもおかしかったのじゃ」
「え?………」
「いくら探してもダンジョンの主が出てこない――念のために調べたよ、最下層で出会った君の友達を」
「ダンジョンの主ですか。もしかしたら、出てこなかったのは運が悪いだけとか。ははは」
「誤魔化しても無駄じゃよ。彼女の口から聞いたよ……治療をした後にね――そしたら答えてくれたよ、蓮が寄生された私を助けてくれた、と」
「………寄生する化け物は、確かに倒しましたけど……それがダンジョンのボスとは……」
「とぼけるな。プレイヤーに寄生する化け物は、あのダンジョンの主しかおらんぞ」
「……それで……ですか?」
「あぁ。ちと、君の力を見てみたいと思ってのぉ。ついつい放置するのが長くなってしまったのじゃ」
「…………」
この時すでに石黒の声は温和なモノでは無くなっていた。
低く鋭いような……胸に突き刺さる言葉。
俺は息を呑みながら石黒の顔をそっと確認した。
するとどうだろう。
今までの笑顔が消え、険しい顔つきに変わっていた。まさに大将の顔つきと言ったところだ。
だが、俺の視線に気づくと彼は再び笑顔になって微笑みかけてきた。
「ははは。すまんのう。怖がらせるつもりは無かったのじゃが……おっと。すまん!他のダンジョン攻略部隊希望者に伝えなきゃならん事がある――この話しはダンジョンから出た後にしよう」
「は……はい…」
歯切れの悪い俺の言葉。
正直このスキルの事や、ダンフォールさんの事を他の人に話したくない。
以前ダンフォールさんに話すなって言われたことも理由の一つだけど。
西園寺と戦って気付いた事があるんだ。
俺のスキルの弱点がね……だから、秘密にしておきたいと強く思っていた。
そのように考えていると、自然と表情も暗くなる。
俺は地面を見つめて何か案はないかと思考を巡らせていた。
そんな時だ。
上から石黒の声が再び聞こえた。
今度は俺に向かってじゃない。
このグラウンドに集まった、ダンジョン攻略部隊全体に対して語りかけていたんだ。
巨大な十字架の横部分の上から、優しくも力強い言葉で。
俺は最初はいつの間にあんな所に移動したんだよ、って頭の中が混乱した。
けど、すぐに石黒大将の演説に集中したよ。
彼の演説は人を惹きつける力があるんだと思う。
その演説は特徴的な入り出しから始まった。
ゆっくりで丁寧な口調で、微笑みながら。
「みな注目してくれ!!儂はこの地区のダンジョン攻略部隊の責任者、石黒じゃ―――まずは、ダンジョン攻略部隊に参加してくれてありがとう。早速だが……諸君らに問いたい」
――死なない覚悟はあるか?




