63 西園寺家
――この勝負、のってやるよ。
俺は西園寺を睨みつけたまま、首元に突きつけられた刀身をしっかりと握っていた。
刀身が徐々に俺の血に染まっていく……それぐらい強く握って……
■□■□
俺が刀身を素手で握っている様子を見て、氷華は驚いていたよ。
何してるんだって。
「ちょっと蓮!血が……」
「大丈夫だ。問題ない」
俺は、氷華を見て微笑むとスキルを発動させた。
目を瞑って意識を集中させる……
スキル発動――と。
【……ALL CHANGE発動します】
【HPの値をMP以外のステータス値に、10万ずつ移動させます……】
いつも通りの文字の羅列。
それは、目を瞑っていても表示されるんだ……まるでゲーム上の画面みたいに。
でもまさか、ダンジョンに入る前にスキルを使うとはな。
プレイヤーと戦うなんて、もう無いと思ってたのに。
俺が少し悲しげな顔を見せると、西園寺は今にも笑い出しそうな声を出して挑発してきた。
「ふ……貴様は、ずいぶんと馬鹿なようだな」
「………」
「無視か。全く……いつまで、目を閉じているつもりだい?」
「ありがとう。もう大丈夫だ」
「大丈夫だと?……何を言ってるんだ。その血だらけの右手……大丈夫なようには見えないが」
俺は西園寺の発言に少しニヤついてから、こう答えてやったんだ。
「今から見せてやるよ。大丈夫な所をな!!」
「威勢だけはいいようだが、どうするつもりだ?……」
「まぁ、見てろって」
「言葉だけか。とりあえず、その右手を刀から離せ……指を切り落とすぞ」
西園寺の目は本気だった。
鋭い眼光で俺を見つめると、両手で柄を握りしめて腰を落とし、重心を下げたのだ。
そのまま体重を利用して、刀を後ろへと引き抜くのだろう。
そんな事をすれば、俺の指は切断されるのにな……西園寺という男は何を考えているのやら。
「名前。西園寺だっけ?」
「あぁそうだ。なんだ?命乞いか?」
「いや、先に謝っておこうと思ってな」
「……心配するな。指を落としたとしても、我が西園寺家に仕える優秀な医者に繋げさせる――慰謝料の事は気にせず請求してこい」
「お前の家って金持ちなのか?」
「ふん。西園寺家を知らぬか……無知とは恐ろしいものよ。我が一族は、かつて日本政治を支配した名門だ――僕はその跡取り、西園寺武虎」
「なんだ!金持ちなのか。なら、心配はいらないな」
「そうだ。好きなだけ慰謝料を請求してこい……平民なんぞには、想像も出来ないほど蓄えてある」
そう言うと、西園寺はさらに腰を落として重心を下げ、目を閉じた。
西園寺から漏れ出る、深い深呼吸の音が俺にも聞こえる。
スーハー…スー……ハー…
スー………
西園寺が呼吸を止めると、一気に目を開けて、俺めがけて前のめりに体重をかけてきた。
予想外の動きに俺は動揺を隠せず、後ろへと後退りする。
おい。嘘だろ、西園寺……指を切断するだけじゃなかったのかよ。
俺は咄嗟に体を後ろへと下げて、迫り来る切っ先から距離を取ろうとしたんだ。
でも……それが西園寺の狙いだった。
俺と西園寺の間に出来た、一定の間合い。
それを確認すると西園寺は体重移動をやめて、今度は両手に力を込め、右向きに体をねじり出す。
グググ……
スキルを発動させたはずなのに、徐々に俺の指へと刃が食い込む。
滲み出る血……それを見る西園寺の目は笑っているように目頭を上げた。
「貴様……随分と固いな。人間の指など、紙切れのように切断できるはずなのだが……僕の刀が錆びたのかな?」
「ははは。錆びてないよ。錆びてたら今の衝撃で折れるはずだから」
「折れる?僕の刀が?……面白い事をいうね」
「やっぱ、折れたらマズいかな?」
「当たり前だ!大人しく……切断されろ!!」
西園寺の叫びと共に、体重をかけられる刀……
【パキッ……】
不快な音ともに、彼は体を一回転させる。
刀と共に一回転したという事は、指を切断した事……西園寺はそう思っているようだ。
満足気な表情を浮かべて、彼は心にも無い謝罪を俺に向かって言った。
全く……西園寺って奴は、早とちりな奴だな。謝る必要なんかないっていうのにさ。
「遂に、貴様の指を切り落としてしまったか。すまない」
「ん?何謝ってるんだ?謝るのは俺の方だ」
「なに?………んっ!…なぜだ!!」
驚く西園寺の顔。
その目は、俺の右手に釘付けにされていた。
彼が驚くのも当たり前だ、俺の指は切断なんかされちゃいない。ちゃんとくっついているんだから。
じゃあなんで、西園寺は刀ごと一回転できたのかって?
簡単さ。
――折ったんだよ
刀の上部分をね。
だから、西園寺が手にしている刀は、4分の3くらいの長さになった折れた刀だ。
西園寺が力を込めた瞬間、俺が握りつぶした刀の上部分は、足元に散乱している。
本当は、西園寺を殴った後の治療費について謝るつもりだったんだがな……装備品まで壊してしまうとは。
俺は頭を掻きながら西園寺に謝った。
「すまない。刀を折るつもりはなかったんだがな……」
「………ははははは」
「どうした?」
「………ははははは」
不敵な笑みを浮かべる西園寺。
折れた刀をゆっくり上げて、自身の目線ほどの高さまでくると止め、開いた瞳孔でこちらを見つめる。
【カチャッ!】
そして、西園寺は折れた刀を俺に向けて、笑いながら語りかけてきたんだ。
壊れた人形みたいに。
「ははは!貴様を侮っていたようだ!見せてやる!西園寺家の本気を!……僕のスキルをな!!」




