54 奴隷王【ダンフォール】
鮫島との戦いが終わった。
――彼を異次元へ排除するという方法で。
結局、彼はどこに連れ去られたんだろう。深淵の奥底はどうなっているんだろう……って俺は考えていた。
そんな事……考えなくてもいいのにさ。
■□■□
門が完全に消滅して機械音が戦闘終了を告げると……ダンフォールさんは床に尻もちをついた。
どうやら体に力が入らない様子で、床に大の字に寝そべっている。
そのままダンフォールさんは、俺の意識に向かって文句を言ってきた。
(少年よ。お主……Lvをもう少し上げておけ)
(は……はい。そんなに疲れたんですね)
(当たり前じゃ。Lv.1の体でLv.9999で覚える技を使ったのだからな……もう疲れた……意識を交換するぞ)
(分かりました…)
俺はダンフォールさんの言う通りに、外へ意識を集中させて体を操る側になった。
すると彼が、疲れた、と言った理由がわかった気がしたよ。身体中が痛かったからね。
「痛っ……」
ダンフォールさんの言うように体に負荷がかかったらしい。全身が筋肉痛のような痛みを発している。
自分1人では動けないほどだ。
しかし……かろうじて首は動かせるので、俺はクラスメイト達や火憐の方に視線を向けた。
鮫島を『消去』しました…って機械音が言ってたからな。
するとどうだろう。クラスメイト達は本当に鮫島の存在自体を忘れてしまったらしい。
聞こえてくる会話の内容が、それを物語っている。
「あれ?…私達こんなとこに集まって何してるんだっけ?」
「そうね〜。思い出せないわ……」
「あ!あれ見てよ!蓮が床で大の字になって寝てるわよ」
「何あれ〜」
どうやらクラスメイト達は、自分達が何で集まっているのかも忘れてしまったようだ。
首を傾げて近くの友人と相談しているが、しばらくすると掃けて皆、自分の席へと向かっていった。
さて……火憐はどうしているかな…って首を動かそうとしたら、コツコツ…と松葉杖をつきながら彼女がやってきたよ。
「ちょっと蓮……何でこんな床で寝っ転がってるのよ」
「ははは。ちょっとね………って!火憐……」
「何?!どうしたの?…」
「見えてる……から…」
「―――――――――」
顔を赤らめて下を向く火憐。
スカートの中が、俺に見えている事に気がついたみたいだ。
でも……これは別に俺が悪いわけじゃない。不可抗力だ。
俺が寝そべっているのに、スカートのままこちらに近づいたら見えるに決まっているだろう。
まぁ……こっちも恥ずかしいからすぐに手で目を覆ったけどさ。
火憐の奴、片方の松葉杖を俺めがけて振り下ろしてきたんだぜ。俺の腹に向かってさ。
【ガッ!】
「サイッッッテイね!!!」
「ふぐぅっ!」
俺は意味がわからなかったよ。何ならダンジョンの時、半裸の火憐を見ても怒らなかったじゃないか!
むしろ喜んでいたように見えたのに……
俺は情けない声を出した後、ある事に気がついた。
視界がぼやけているんだ。
あれ?……だんだん視界がぼやけて……
さっきの火憐の松葉杖のせいか?……そんな事ないと思うんだけど………でも、火憐の顔がぼやけていく。
俺は薄れていく意識の中で、火憐の顔を眺めていた。
驚きの表情を浮かべながら、こちらに向かって呼びかけている火憐の姿を。
■□■□
「蓮!―――どうしたのよ!!蓮――」
火憐の声が聞こえる中、俺の意識は暗闇に落ちた。
――深い暗闇へと。
しかし深い暗闇の中にあっても、俺の意識はしっかりしていたよ。思考出来るくらいにはね。
俺は意識を失ったのかな。
それとも……死んだ?…それは無いよな。HPは大丈夫だし……火憐のあの攻撃で死ぬわけないし。
そうこう考えていると徐々に体の感触が戻ってきた。しかし、気絶前のような体の痛みが一切無い。
不自然なほどに。
もしかして気絶したおかげで、痛みもリセットされたのかな?……
俺はそう思いながら目を開けると、そこは教室では無かった。
見知らぬ空間で火憐の姿も、他のクラスメイト達もいない。
「なんだここ?……」
いや、そもそも何も見えないんだ。
うっすらと松明の灯りがついてはいるが、暗くてよく見えない。
かろうじて認識出来るのは俺が椅子に座っていて、前には長い長いテーブルがあるって事くらいだ。
しかもそのテーブルや椅子は、まるで王様が使っている様な豪華な装飾が施されているみたいで、高校の制服を着ている俺が座ると何とも似合わない。
いや、そんな事はどうでもいいか……
「夢なら覚めてくれ!!」
大声で今の気持ちを吐き出した。女子高生に一発攻撃されただけで気絶するなんて恥ずかしいじゃないか……
でも、叫んで良かったのかもしれない。この言葉であの人が現れたんだ。
それに、部屋に備え付けられた松明も点火されたからね。
【ボッボッボッ!】
俺が叫んだ後、松明の火が自動的に点火され、ここが何処なのかを教えてくれた。
松明の灯りが部屋全体を照らしてくれるんだ。
その灯りを頼りにして俺は周りを見渡した。
やっぱり……俺の目に映ったよ。
部屋の至る所にある銅像や金貨、床に敷かれている赤いカーペット……この場所はやはり王様の宮殿だ。
という事は……
――王様がいるはずだ。
俺が前方を注意深く見つめると人影らしきモノがあったんだ。
確かに、視線の先……長い長いテーブルの先には誰かが座っていた。
その人物は王冠を被り、肩からは獣の毛皮で作られたマントを羽織っていた。その姿はまるで本物の王様のようだ。
じっくりと見つめていると、松明が全て点火されたようで目の前の人物の表情も見えた。
優しいお爺さんだ。長い白髪、髭……失礼だが一見すると王様の容姿には見えない。
俺がまじまじと見ていると、彼の方から話しかけてきた。
「お主が少年か。儂が以前、『奴隷』をやっとった『ブレイン・ダンフォール』じゃ―――この姿で会うのは初めてじゃな―――よく民から奴隷王と呼ばれておったよ。なつかしいのぉ」
奴隷なのに、王様?
え…なんだこれ?……結局、これは夢なのか……
俺は、状況を理解できなかった。ひとまず、目の前のダンフォールさんと名乗る人に直接聞いたよ。
本物のダンフォールさんなのか、それとも単なる夢なのか、確認したかったからね。
「あの……ここって夢の中ですか?」
「ははは。違うぞ少年よ」
――ここは、少年の意識の深淵じゃ




