50 命乞い
鮫島は、俺の強さを受け入れられなかった。
強大な力を目の当たりにしてもイカサマだと馬鹿にして…愚かにも攻撃をしてきたんだ。
勿論……俺には全く効かなかったけどね。
俺が『鉄の棺桶』を壊して外に出た後、目の前にいたのはいつもと違う鮫島だった。
声を震わせてこう言っている。
―――もう戦いをやめないか?…………と。
顔をクシャクシャにしながら俺を見ていると思っていたら―――地面に手をつけて頭まで擦り付け始めた。まるで土下座のような格好だ。
当然かもしれないが土下座を目にするのは初めてだ。
ましてや虐めっ子の鮫島が土下座するなんて……全く信じられない。
俺は驚いたよ。思わず体を前に出して声を出すほどに。
「鮫島君。そこまでしなくていいよ」
「すまない……俺が馬鹿だった。お前がこんなに強かったなんて」
「謝らなくてもいいよ。もともと鮫島君との戦闘はお互いに無傷のまま終わらせようと思ってたからさ」
「蓮……」
鮫島はそう言うと頭を上げて俺を見つめた。その瞳はまるで、無垢な少年のように透き通っている。
更生したのかな……と思わせるような、そんな瞳だ。
俺は嬉しくなり顔をほころばせながら会話を続けた。
「反省してる?…」
「えっ…」
「俺を虐めてた事だよ。今、鮫島君が大きな力を前に恐れているように―――俺も怖かったんだ」
「――そうだったのか――――こっち側になって初めて分かったよ」
「じゃあ………」
「すまなかった。蓮の事を虐めてたこと謝るよ。この通りだ」
「―――――――」
鮫島は再び地面に頭をつけて俺に許しを請うた。その光景は異常だ。クラスメイト達も口に手を当てて驚いている。
あのプライドの高い鮫島が、土下座をして自らの非を認めているなんて………信じられないだろう。
俺も信じられなかった。
しばしの沈黙の後、鮫島から口を開いた。
「蓮……さっき無傷のまま戦いを終わらせたいって言ったよな?」
「うん。そうだけど」
「俺はその方法を知っているんだ。それぞれが『逃げる』のコマンドを選べば、戦闘が終了するはず」
「―――――――」
「だからこのターン………蓮は『逃げる』を選択してくれ…」
「―――――――」
鮫島の目を見ると、嘘をついているようには見えなかった。表情も悪魔のような笑顔から真剣なモノへと変わっている。
無条件に彼の事を信じてあげたい……のだが、無闇に信じる事は出来ない。俺は、目を瞑ってダンフォールさんに語りかけた。
(ダンフォールさんに……聞きたい事があるんですが)
(なんじゃ少年よ)
(プレイヤー同士の戦闘って、互いに『逃げる』を選択すれば強制終了されるんですか?……)
(そのはずじゃ。少なくとも、儂のいた世界ではそうじゃった)
(そうなんですか!ありがとうございます!!)
(嬉しそうじゃな……)
(はい!鮫島君が更生してくれたみたいなので)
(更生か………あっ。そう言えば…いい忘れとった)
(何ですか?)
(『王の裁定』が発動しておるじゃろ?…あれは発動者が3ターン過ぎれば発動するで気をつけてな)
(………って事は、このターンが俺の実質的な最後のターンというわけですか)
(いや、そう言うわけではないがな。もし……王の裁定が発動されたなら儂に代わればいい)
(はい………)
俺は、後ろにある大きな首吊り台を眺めた。もし魔法が発動すればHPが0になる……でも、ダンフォールさんの言葉を聞くと、そうなっても問題ないらしい。
俺は迷う事なく『逃げる』を選択した。すると、機械音が響き出す。
〈プレイヤー『蓮』は『逃げる』を選択しました。プレイヤー『鮫島』は『同意』か『拒絶』のどちらかを選んでください〉
それを聞いている鮫島の顔は実に笑顔だった。悪魔のような笑顔ではなく、無垢な少年のような笑顔……思わず俺も微笑んでしまうような笑顔だ。
そのまま鮫島は、言葉を続ける。
「ありがとう蓮……俺の事を信じてくれて………」
「いや、いいよ。これまでの事を反省してくれるって言うんだから」
「――ふふ――くはははははは―」
「どうしたの。鮫島君?」
「ほんとお前は、優しいなぁ。―――だから、いつまでも虐められるんだよぉ」
「―――――」
鮫島の表情は、無垢な笑顔のままだった。恐らく彼は本心から言っているのであろう。悪意を一切感じない。
そんな鮫島を見ている俺の表情は……どんなだったかな?
正直よく分からない。ただ怒っていない事は確かなんだ、単にじっと鮫島を見つめていたよ。声も出さずにね。
そうしていると機械音が聞こえ、俺は思い知らされる。また裏切られたんだ………って。
〈プレイヤー『鮫島』は『拒絶』を選択しました。ゲームを続行してください〉




