05 幼馴染とヤンキー
俺が鮫島達とダンジョンに入ろうとしている時……後ろから、氷華の声が聞こえてきたんだ。
ここは、立ち入り禁止になった山奥なのに。
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俺はひどく混乱していた。
ダンジョンの近くで、氷華の声が聞こえるからだ。
こんな事態……全く予想してないぞ。
全ての高校で、ダンジョンへの警告はされてるんじゃないのか?
もしこんな所で氷華と会ったら……虐められている事が、バレてしまうじゃないか!
ポタッ……ポタッ……
焦りから来る冷や汗で、俺の額はビショビショになっていく。
もちろん、氷華達の声に気づいたのは俺だけじゃない。
鮫島も、腰掛けていた大きな石から立ち上がって、辺りを見回していた。
「おい、なんか人の声がしねぇか? もしかしたら俺等以外にもダンジョンを狙ってる奴らがいるかもな」
「そうね……私達のライバルになるかもしれないわ」
確かに2人のいう通りだ。
興味を持ってダンジョンに近く輩はいるかもしれない。
だが、氷華は真面目で意外と慎重な性格だ。
鮫島みたいなヤンキーとは全然違う。
だから、きっと聞き違いのはず。
………いや……きっと、じゃ困るんだ頼む。
この状況を氷華に見られたくない! 頼む頼む……違う人物であってくれ……お願いだ神様。
俺は、手を握りしめた。
これほど神様にお願いした事はこれまで一度もない。
……しかし、そんな俺の願いは聞き入れられないようだ。
コツコツコツ、とダンジョンの入り口付近に足音が近づいてくる。
――コツ……
近づいてくる足音の主も、ダンジョンの入り口付近にいる俺達に気付いたようである。
――足音が止まった。
足音が止まった事を確認すると……俺は、恐る恐る足音の方向に振り向いた。
心臓がバクバクと鼓動する……吐きそうだ。
極限の緊張のまま、俺が向けた視線の先には。
――氷華がいた。
おい嘘だろ、そんな……
緊張した表情から、苦虫を潰したような表情に変わる俺。
じっくり彼女の方を見つめると、他に複数の人影を見つけた。
氷華だけではない……友人らしき人物が他にも3名程いるのが発見できる。
「……あっ! 蓮じゃん! お〜い!!」
鋭い俺の視線に、氷華が気づいたらしい。
元気にこちらに向かって手を振るのが見えた。
……楽しそうに手を振ってるな。
氷華は俺の気持ちなんか知らないんだろう。
この場から消えて無くなりたい程の気持ちだって事を。
はぁ………終わった……ここで、俺が虐められている事がバレれば氷華から嫌われてしまうだろう。
いや、虐められている事だけじゃないか……これまで嘘をついていた事がバレてしまうんだ。
……それだけは絶対に避けなければならない。
氷華と二度と会話ができなくなるなんて嫌だ……クソッ!こうなったら。
俺は覚悟を決めた。
体を震わせたまま、鮫島と松尾に向かってゆっくりと向いたんだ。
確固たる覚悟を持ち、鮫島達に迫る勢いで。
「……鮫島君、お願いがあるんだけど」
「ん? 何だ」
「……あの子がいる間だけは、虐めないで……もら……えませんか?」
「……………」
覚悟とは裏腹に、俺の言葉は震えていた。
鮫島が怖い。
けど、これでダメならもう終わりだ。
もし生きて帰れたとしても、明日から1人で学校へ行く事になるんだろうな。
そう考えていると、段々と目の輝きも失われていく。
俺は分かっていたんだ。
いつもなら、こんな願いを鮫島が聞き入れてくれない事を。
――でも、今日は違った。
鮫島の返答に驚いたよ。こんな事あるんだって……
「知り合いか? まぁいいぞ! あいつらがダンジョンに入っていくまでは俺は黙ってるわ。……その代わり……分かってるな?」
「うん! ダンジョン内では、先頭を歩かせてもらいます!」
「ちょっと鮫島! あんた何、奴隷君の言う事聞いてあげてるのよ」
「……………」
俺が鮫島と会話をしている最中、松尾が割り込んできた。
俺の言葉通りに話が進むのが気に食わないようで、腕を組んで俺を睨みつけている。
しかし、なぜか鮫島が松尾をなだめてくれた。
ここまで気を使われると気持ち悪くなる。
「まぁまぁ落ち着けよ松尾。俺は虐めないって言ったんだ」
「どういう事なのよ?」
「ふはは。知るかよ! ほら奴隷、さっさと知り合いとやらに挨拶済ませてこい」
「ありがとう鮫島君!」
多少の違和感はあったが、俺は初めて鮫島の事を良い奴だと感じた。
鮫島の不自然な程に優しい笑顔を見ると、俺は氷華の元へと走る。
「ごめんよ。氷華!」
「ちょっと蓮。なんでさっき無視したの!」
「いや、ちょっとね……ダンジョンに入る前だから緊張しちゃって」
「ダンジョンに入るの?」
「うん! そうだよ。やっぱり気になっちゃってさ」
「気をつけなさいよね」
「分かってるって」
やっぱり氷華と話してると落ち着くな〜。って違う違う。俺はこんな会話をするために来たんじゃない。
楽しく会話をしていて忘れていたが1つ気になる事がある。
それは、なぜ氷華がこの場所にいるのか……という疑問だ。
それを聞かなければ、気になってダンジョンに集中できない。
俺はさりげなく氷華に聞いてみた。
「あ……そういえば。氷華もダンジョンに入るの?」
「私自身は反対したんだけどね~」
氷華はそういうと、隣にいた友人達をチラリと見た。
何かの合図なのだろうか、彼女の友人が口を開く。
「氷華は『王』じゃん! なんかあっても大丈夫だって、私達がお願いしたのよ」
「そう!こんな感じで、ダンジョンに来ちゃったの」
「へ……へぇ〜」
なるほどそういう事か。
確かにお人好しの氷華らしい行動だ。
俺は腕を組んで感心してしまった。
「ごめんね蓮! 私達もう行かなきゃ」
「え?……」
突然、氷華と仲間がダンジョンに向かって動きだした。
何か急ぐ用事でもあるのだろうか、そう思わせるような慌ただしい動きである。
氷華も申し訳なさそうに手を振ってきた。
「ごめん! 私達もうダンジョン入ってるから! 塾に間に合わなくなるの」
「……うん。俺達も、もう少ししたらダンジョンに入るから」
氷華達はそのままま、鮫島が近くにいるダンジョンの入り口に差し掛かったんだ。
でも、なぜか鮫島はそれを見つめている。
何かのタイミングを図っているかのように。
その明らかな視線に氷華達も感づいているようだ。
仲間内で固まりながら、ボソボソと話していた。
「氷華〜あの人達、雰囲気悪いね。ずっとこっち見てるよ」
「ね。早くダンジョンに入っちゃお!」
「そうだね」
ザッザッザッ……
彼女達は歩くスピードを速め、あともう少しでダンジョンに入る……その時だった。
悪魔のような笑みを浮かべながら、鮫島が大きな声で氷華に向かって言葉を放ったのだ。
「蓮の職業は『奴隷』だぞ!」
ただでさえ大きな声だが、山に茂っている木々に反射しているせいで森中に響く。
その言葉は、俺にも聞こえてたよ。
『奴隷』だと暴露された俺の顔は、くしゃくしゃに歪んでいったんだ。
……俺の人生の希望が……氷華との関係が消える……ってさ。