37 ヒーローになるんだ!
【…ALL CHANGE……発動致します……】
まるでゲームをやっているかのような画面。文字の羅列が、蓮の目の前に現れる。
まぁ、これくらいでいいかな。とりあえず物理攻撃値と防御値に10万ずつ…と。
いや……物は試しだ。それぞれに100万ずつ数値を移動させてみるか。
疲れ切った体とは異なり、蓮の表情はニヤついている。
楽しみなのだ。スキルを戦闘以外で使用するとどうなるのかが……
一体どれほどの影響が出るのか、遂に確かめる時が来た。
【…HPの値を……物理防御・攻撃値に100万ずつ移動させます…】
よし。これで俺の物理ステータスは、それぞれ100万になった。
蓮は目の前に表示される文字の羅列を見つめている。自分が最強になった瞬間だ。
誰でも見続けるだろう……あなたは『最強』になりました、なんて表示が目の前に現れたら。
しかし、今は時間がない。目の前の画面から目を逸らして、前方に視線を移した。
随分と遠くに女性らしき姿が見える。それは、こちらに向かって手を振っているようだが遠すぎて声が届いていない。
ちょうどいいじゃないか。俺のスキルを試すには……
再びニヤついた表情を見せる蓮。
彼は、地面に膝をついてクラウチングスタートのような姿勢をとった。
100万もの数値を物理ステータスに割り振ったのだ。一気にどこまで飛ぶ事が出来るのか、試してみたい。
地面につけたつま先に力を込める。地面につける指にも力を込めて立たせた。
準備は万端だ。後は思いっきり地面を蹴り上げるだけ…
蓮は、ゆっくりと深呼吸をしてから氷華らしき人物の方を見つめる。
俺は変わった。弱くて馬鹿だった昔の俺は消えていなくなったんだ。と言わんばかりに目を熱く輝かせて。
――そして、その時は訪れる。
【ゴッ!】
台風が通り過ぎたような轟音が、氷華の横を突き抜ける。
あまりにも強力な強風だったので彼女はスカートを抑えて、目を瞑ってしまった。
恐る恐る目を開けると、氷華の瞳には先程まであった蓮の姿が消えている。
強風が起きる寸前まで、そこにいたはずなのに……
彼女は、顔を傾げて目を細める。
もしかして、私の見間違いだったかな?…それとも置いていかれた事に怒って、違う道で登校したのか……
どちらにせよ。彼女の視線の先には人影はいないのだ。
一人で登校か……せっかく家の前で待ってたのに…
氷華は道路に落ちていた石ころを蓮のいた方向に思いっきり蹴った。
蹴られた石ころは勢いよく飛び、道路に着地すると彼がいた地点までコロコロと転がっていく。
それを見ている彼女の目は、どこか悲しげに斜め下の方向を向いていた。
しかし、ずっとこのままでいるわけにはいかない。学校が始まってしまう。
あっ!そういえば……。
何かに気づいたかのような表情で、カバンの中に手を入れる。時間を確認したかったみたいだ。
スマホを取り出すとスイッチを入れて画面を見つめている。
「もう、間に合わないじゃん」
誰もいない住宅街に響く声、朝の通勤・通学の時間帯は終わっているのだ。
彼女は深いため息をつくと高校に向かうために、ゆっくりと後ろを振り向く。
すると目の前で手を振っている人影が見えた。
何あれ?…友達かな……
でも、こっちの方向に住んでる友達なんかいたっけ…
目を凝らして見てもよく分からない。
彼女が状況を把握できずに立ち尽くしていると、やがて人影は手を振るのをやめた。
何あれ、気味が悪い……
背筋が凍った彼女は、少し体を震わせた後に歩みを進める。
しかし………おかしい。
彼女の目の前に現れた人影が、どんどんこちらに向かって近づいてくるのだ。
しかも走っている様子ではない。まるでローラースケートで滑っているかのように動きが滑らかだ。
怖い怖い……まさか、幽霊?…
幽霊が苦手な氷華は、歩くのをやめて歩道でうずくまってしまった。
手で顔を隠して人影と目を合わせないようにしている。相当、怖がりなのだろう。
でも大丈夫。その人影は幽霊ではない。高速で移動をする蓮なのだから……
ほら、今も地面すれすれを飛んでいる。今回は力を調節したようで、一瞬で移動というわけではないが……
蓮がゆっくりと彼女の前に降り立つと、心配そうな表情で語りかけた。
対する氷華も聞き慣れた声に安心したようで、その場に急いで立ち、彼に対して指をさしながら怒っている。
「氷華。うずくまってどうしたんだ?…」
「あんたのせいよ!」




