34 暗闇に消える
星空が照らし出す幻想的な空間。
そんな空の下で、蓮は戦車の上部から、氷華は外の地面の上で、2人して星を眺めていた。
早く家に帰りたい……という気持ちを胸に秘めながら。
しかし――蓮はダンジョンから脱出できた、という喜びを噛み締めつつも戦車に戻ろうとしている。
「氷華ごめん!石黒さんに感謝と……火憐の事、聞かなきゃならないから外で待ってて」
「分かった。急がなくても大丈夫だよ」
「ありがと」
蓮は外にいる氷華に対して腕を振り、戦車内へと戻っていった。
彼の表情は満面の笑みを浮かべ、喜びを抑えきれない様子で口元がニヤケている。
俺も火憐も氷華も……皆んな無事に脱出する事が出来たんだ。本当に良かった。
でも…火憐が心配になる。化け物に足を喰われたって言ってたけど、俺はどのくらいの傷なのかを見てない…
治療班の人達は大丈夫って言ってくれたけど、本当に大丈夫なのかな。
蓮は不安を抱えながらも、石黒大将の前に立った。
喜びと火憐に対する心配とで、彼の表情は少しずつ歪んでいく。
「石黒さん、ここまで運んでくれてありがとうございました」
「いいのじゃよ。ははは。礼儀正しいのう」
「そんな事ないですよ。あと、一つ聞きたい事があるんですが……」
「なんじゃ?」
「火憐は今、無事なんでしょうか」
「あぁ、化け物に襲われた女子の事か…今から会いに行くかな?疲れてぐっすりと眠っていると報告が入っていたよ」
「はい!お願いします」
「元気がいいのぉ。彼女がいるのは別の戦車じゃ。付いてきてくれ」
石黒は、外に向かって歩き始める。
それを追う蓮の表情は徐々に明るくなっていった。火憐という最後の心配事が解消されたのだ。
彼は解放されたかのように、体が軽くなっているだろう。
よし!本当に…本当に…無事で帰還できた。
これで胸を張って、明日から学校に顔を出せる。
正直……鮫島が来るかもしれない――と思うと高校に行きたくはない。
虐められるのを恐れているんじゃない。憎いんだ。
俺と火憐を裏切って一人で逃げたあいつを許す気は無い、もし虐めてきても反抗してやる。
あれ?そういえば…
(ダンフォールさん、聞きたいことがあるんだけど)
(なんじゃ〜。何でも聞いてくれ)
(物理攻撃値とか色々あるけど、日常生活に影響はないの?)
(んん〜。儂のいた世界では影響あったのう――恐らくじゃが、影響はあると思うぞ)
(これまでは、無かったんですよ)
(これまではな。儂も話せるようになるまで、時間がかかったんじゃ。世界が完全に混ざり合うまでには時間がかかるんじゃろうて)
(時間が進むにつれて、ゲーム世界と混ざり合う…ですか……)
歩きながら、顔を歪めた蓮。
もし、能力ステータスが日常生活にも影響するなら、世界が変わりかねない。
自身の能力に幅を利かせて犯罪を犯したり、魔法で何かを創造したりと、大混乱に陥るんじゃないのか…
様々な未来を考え否定して、また考える。思考を繰り返していくうちに、やがて火憐の元へと辿り着いたようだ。
石黒が蓮に語りかけてきた。
「もう着いたよ。この中で彼女が寝ている」
「あっ…ありがとうございます。では………」
蓮は一人で、戦車の中に入る。
すると目の前には、布を被せられてぐっすりと眠っている火憐と、側で看護をしてくれている隊員がいた。
「見舞いにきたのかな?」
「そんな感じです。ははは」
「心配しないでね。彼女は大丈夫、しばらくは松葉杖が必要だと思うけど」
「そうですか、じゃあ帰りは……」
「はは。流石に一人で帰したりはしないさ。自衛隊が責任を持って彼女を家に届けるよ」
「ありがとうございます…」
隊員に少し会釈をすると、蓮は火憐の方に近づいた。
そして、微笑みながら彼女の手を握る。
「火憐……また、学校でな」
「…………」
もちろん彼女は声を発しない。
しかし、言葉をかけると手を握り返し、顔も少し微笑んでいるように見えた。
彼女も安心しきっているのだろう。
その反応を目にした蓮は表情を緩めると、ゆっくりと手を離して外に出た。
ちょうどその時……彼女の声が響く。
少しイラついているような高い声が。
「蓮!遅いじゃない」
「え……急がなくてもいいって言ってたような…てかお前、鎧を脱がないのかよ」
「そうだっけ?あ、鎧は家に帰ってからね。ここで脱いだら持ち運びが面倒なの……」
「……とりあえず、家に帰ろうか」
「うん!」
星空が照らし出す暗闇に、2人の影は消えていった。




