33 EXIT【脱出】
ダンジョンの最下層……戦車と人だけが存在する空間。
その空間で、蓮・石黒・氷華の3人が腕を組んで考え込んでいた。
そこには、敵モンスターもいなければ生々しい血の匂いも騒々しいエンジン音も無い。
ただ、洞穴を通り抜ける風の音だけが聞こえる。
あまりにも静かな空間。
自衛隊の隊員数名は外に出て、固まっている3人に対して乗車を促す。
ここはダンジョン内なのだと、恐ろしい敵が巣食う化け物の住処なのだと言わんばかりの大きな声で。
「大将!早く戦車に乗り込んでください!ダンジョンから撤退します」
閑静な空間に響き渡る大声は、石黒だけでなく他の2人にも届いたようだ。
先程現場についたばかりの氷華は、蓮に判断を求めた。
「私達も乗った方がいいのかしら……」
「お前はまず鎧を脱げ!頭だけでもいいから。皆んな怖がってるんだ、モンスターじゃないかって」
「失礼ね」
【ガチャン!】
彼女が頭の裏に手を回すと、大きな鉄の音と共に素顔が現れた。
重厚な鎧に隠された可愛らしい女性、それを見て1番驚いていたのは石黒だ。
人間かすらも疑問であったのに出てきたのは、モデルと見間違うような美しき女性であったから無理もない。
「本当に……人間だったのか…」
「蓮!あの失礼なおじさんはだれ!」
「…あの人、自衛隊の偉い人だよ……」
「…………」
「気にしなくていいのじゃよ。ささ、2人とも早く戦車に乗ってくれ」
軽率な発言をしたと青ざめる氷華に対して、石黒は優しく微笑む。
手招きまでして戦車に入れと案内までしてくれた。
戦いは終わったのだと実感できる光景だ。
長かった……正直、何回も死ぬかと思ったよ。
鮫島が裏切った時や、火憐が化け物に寄生された時、本当に死ぬと感じた。
でもね。
意外に何とかなるもんなんだな……
蓮の口元は緩み、その足は戦車の方向に向かって歩き出す。
すぐそばには氷華もいるし、火憐は戦車の中で治療中みたいだ。
多少の精神的、肉体的ダメージは負ってしまったが3人とも命に別状はない。
初のダンジョン攻略にしては大成功と言える部類だ。
戦車内に入ると座り込んでしまった蓮に、石黒が近づいて来るほどに。
彼も座り込んで蓮と同じ視線に合わせると、ゆっくりとした口調でなぜダンジョンにいるのかを語った。
「君達は、よく生きてたね」
「どういう意味ですか?…」
「実は、わし達は先に突入した部隊の救出に向かっていたんじゃ…連絡の取れなくなった先鋒隊のな」
「………」
「ふっ。黙り込んでいるという事は、予想はついておるのじゃな。隊員達につけたGPSを辿って、探してみても何も見つからん―――ソナーを使って調査してもこの地点が最下層らしくての」
「だから、ダンジョンから脱出するんですね」
「そうじゃ、でも良かったわい。少年達を救出する事が出来たのだからな」
「はい、ありがとうございます……」
石黒大将の口調とは裏腹に、表情は暗く寂しそうな目をしていた。
行方不明の先鋒隊の事を思うと、気持ちが暗くなってしまうのだろう。
蓮はその心情を察して、その後は何も声をかけなかった。
戦車内の固い床に座り込んだまま、ただじっと、ダンジョンから外に出る瞬間を待ち続けたのだ。
戦車の揺れが心地いい。
後、数十分で外にたどり着くのかな?…
なら、少し寝よう。今日はもう疲れた。
戦車の揺れに誘われ蓮は眠りについた。
深い深い…眠りへと……まるで、次の戦闘へと備えるかのように。
しかし、その必要はないのだ。
なぜなら彼が目覚めたのは、ダンジョンの外なのだから。
ぐっすりと眠っている蓮に向かって、石黒が囁いた。
「お客様、終点じゃよ…」
「……………え!……」
自分達は外にいる。
その事実を耳にした蓮は、すぐさま戦車上部の蓋を開けて空を確認した。
上を見つめる蓮の表情は徐々に崩れていき、やがて目元からは涙が溢れ出した。
本当に、本当に俺達は帰ってきたんだ。
もう……無理だと思ってた。
目に涙を浮かべる蓮。その前に広がるのは、煌々と輝く夜空の星空達だ。
視界には収まりきらない程の星。壮観な光景が、まるでダンジョンからの生還を祝福するように蓮達の上空に輝いている。
しかし、感動も束の間。
蓮が空を見上げていると、ダンジョン内で死地を経験していない彼女が、大声をあげて彼を現実に引き戻す。
「蓮!明日の学校、寝坊しちゃうから早く帰るよ〜」
「学校?………」
「明日も平日よ!」
「ははは。そうか……そうだよな」
氷華の『明日も学校』って言葉に、俺はダンジョン内での出来事は全て夢なんじゃないかって思ったよ……
でもね。夢じゃない…現実なんだと、すぐに気付く事が出来たんだ……
なんでかって?
それはね―――
「氷華!家帰る前に、その鎧脱いでおけよ!」




