29 粉砕
俺は生きている。
ダンジョンの長の攻撃を食らってもビクともしなかったのだ。
それもこれも全て、『オール・チェンジ』と呼ばれるスキルのおかげなのだろう。
奥にいる火憐はもちろん、目の前にいる化け猫さえ、俺を見て驚きの表情をあげている。
気分が良い……今なら、何でも出来そうだ。
異常なほど軽く感じる身体と、冴え渡る頭脳、今の俺は無敵に思えた。
(少年よ!何やっとるんじゃ。化け猫が元の位置に戻れないように、しっかりと足でも掴んどれ!)
(どういう事ですか?)
(相手の陣地に戻られては、あの小娘を救う事は叶わんぞ。さぁ、急いで化け猫の動きを封じるのじゃ)
火憐を助けたい…俺はその一心で化け猫の足を掴んだ。
もう離さないぞ。
噛みつかれようが、爪で引っかかれようが、構わない。
火憐がお前に受けた仕打ちに比べれば、痛くも痒くも無い。
化け猫が俺の腕に噛みつき、離れようと必死だ。
ここまで来ると哀れに思えてくる。俺は、静かに目を閉じた。
【ALL CHANGE】
【……発動します…………】
【………HPから物理攻撃値に1000万移動】
(使い方が、分かってきたのう)
(流石に分かってきましたよ。攻撃力このくらいでじゅうぶんですよね?)
(そうじゃな。思いっきりぶつけてやれ)
(はい)
〈コマンドを選択してください〉
――――――――――――――――――――――――――
選択時間:1分
→ ●物理攻撃
●呪怨 ※残り1回
●身を守る
●アイテム ――――――――――――――――――――――――――
蓮は自身の画面が見えるとすぐ、物理攻撃を選択した。
初めてだ。このゲームを始めて相手に攻撃を与えるのは。
いや、現実世界でも一度も殴った事のない、俺のパンチでも通用するのだろうか。
そんな疑問を頭の片隅に残してはいたが、猫の足を掴んでいた右手とは反対の左手で拳を作った。
右手をゆっくりと上げ、化け猫を宙吊り状態にすると勢いよく左の拳を、化け猫の腹目掛けて振り抜く。
〈『神猫』に100万のダメージ〉
〈戦闘を終了いたします〉
一瞬の出来事だった。
ただ俺の拳が、化け猫の腹を殴った、それだけで尋常ならざるダメージを与える事ができたのだ。
化け猫が死に絶え、自身の身体を動かせるようになった火憐は、地面にうずくまり泣き続けている。
しかし、想像以上にあっけない終わり方に、俺は呆然としていた。
こんなに早く終わっていいのか?……
どこか不気味な違和感を感じながらも、表情は笑顔をキープする。
戦闘が終了した直後に、後方から音が聞こえ始めたのだ。
氷華が、もうそろそろ帰って来るのかな。
どのくらい離れているんだろう。
蓮は耳を澄まして音の方向に注目すると、この音は人の発する音では無い。
【キャララララララ】
凸凹なダンジョンの地面を、戦車が通る音だったのである。




