03 【王】に選ばれし者達
ゲーム化された世界で、俺が授かった【職業】は奴隷だったんだ。
……笑えるだろ?
全人類の0.01%ってさ。俺、どれだけ運が悪いんだよって……この時は思ってた。
■□■□■□
なんだよ……このクソステータスは。
初めて自分のステータスを見た時は、現実を信じたくなかった。
俺の職業は『奴隷』だし、能力値も最底辺レベルだからな。
皆になんて言えばいいんだろう?
俺は無理やり笑顔を作ってはいたが、心の中では酷く落ち込んでいたんだ。
何も考えられない……心の何かが折れたような、そんな喪失感に襲われた。
しかし、現実は待ってはくれない……日常はすぐにやって来る。
それを思い知らされたよ。
今日は平日だったんだ。
パジャマ姿の俺に向かって、母さんが急に顔をしかめ出したんだ。
「ちょっと蓮、何ボーッとしてるのよ。学校休みなの?」
「あっ……そうか」
リビングで突拍子なニュースを聞いていると、現実から遠のいてしまうが………そうだ、今日は平日であった。
〈ピンポーン〉
いつもの朝と同じように家のベルが鳴った。
この時間にベルを鳴らすのは1人しかいない。
恐らく、ベルを鳴らしたのは幼馴染の氷華だろう。
落ち込んでた俺だけど……何故か、氷華の事を考えると心が軽くなった。
気持ち悪い発言だと思うから、本人には言わないけどね。
そんな事はどうでいいか……とりあえず、俺は制服に着替えるために、階段を駆け上がったよ。
母さんに、玄関に出て! と伝えてね。
「母さん! 制服に急いで着替えてくるから。玄関に出て、ちょっと待って、って伝えといて」
「はーい。早く着替えなさいよ」
急いで階段を駆け上がり、制服に着替えた。
いつもの日々と何一つ変わらない。
先程までのニュースは、ドッキリなんじゃないかって思えるくらい普通だ。
ただ、ゲーム世界と混じったことが事実なら1つ気になることがある……それは、氷華の『職業』についてだ。
優秀な人物の『職業』は誰もが気になるだろ? 俺もその1人にすぎないわけだ。
もしかしたら、『騎士』……いや、『魔導師』かな?
俺が様々な想像をしていると、どうやら時間が経過していたらしい。
一階から母親の怒鳴り声が響いた。
「早くしなさいよ! 蓮!」
「……分かってるって母さん!」
〈ガッガッガッ〉
今日もいつものように階段を降りる。
そして、幼馴染と玄関で合流して一緒に登校するのだ。
いや、いつもと違う所はあった。
今日は母さんが、なぜか見送ってくれたんだ。
俺が来る前に氷華と何か話してたんだろうか、なぜか笑顔である。
「気をつけていきなさいよ〜貴方達〜」
「はーい!」
「ありがとう、おばさん」
今日も2人で、いつも通りの道を歩いていく。
ここは、何も無いさびれた商店街で……ここは、公園で……ここは、2人して通った中学校……やっぱり……いつもと変わらないじゃないか。
……そうだ! きっと今日の会話だっていつもの……。
俺が氷華の方を向くと、彼女もこちらを向いていた。
まるで、何かを伝えたいかのようにニコニコしている。
……嫌な予感がした。話したくない話題を振られる前触れだ。
顔をしかめる俺を気にせず、彼女はニコニコしながら話しかけてきた。
――『職業』についてね。
「あのさ蓮。私……『王』だったの」
「え?……」
コツ……コツ………コツ…………
衝撃のあまり、俺は足を止めてしまった。
だってそうだろ! 職業が『王』ってだけでも驚くのに、なんでそんなにサラッと言えるんだよ。
動揺を隠そうと、平静を装う努力はしたさ!
だけど……言葉の節々に動揺が出ちゃってたから、多分バレてると思う。
「へ……へぇ〜。ステータスどうなってたの?」
「大体、全部5000越えかな」
「……そっか…」
「どうしたの蓮? 調子悪い?」
「………い……いや大丈夫だよ!」
「良かった。あ、おばさんから聞いたけど、蓮は『村人』だったんだよね?」
「……う………うん。そうだよ」
……また俺は嘘をついてしまった。
でもしょうがないだろ! 好きな人にら職業が『奴隷』でした、なんて言えるわけない。
俺は、惨めな気持ちを殺して笑顔で振る舞ったよ。
会話の話題を変えようと努力もしたさ。
でも……結局、話題は朝のニュースに戻るんだ。
まぁ、ゲーム世界と現実世界が混ざるなんてあり得ない話なのだから、話したい気持ちは分かるけどさ。
「氷華はやっぱりすごいな。『王』だなんて……」
「でもさ、職業とか能力値って何か意味あるのかな?」
「………確かにな。ただの意味のない数字かもしれない……」
氷華の考え方は盲点であった。
ステータスとか職業とかいう言葉に踊らされていたが、今のところ影響は何もない。
もしかしたら……ステータス表示なんて意味ないんじゃないか?
そう思うと顔の筋肉が緩くなっていく。
その変化に氷華が気づいたようだ。
彼女は肩を叩いてからかってきた。
「あれ、元気になった? もしかして私が『王』だからって、嫉妬してたんじゃないの〜?」
「ち、ちがうから……ほ、ほら分かれ道だよ。また明日ね」
「うん! また明日ね〜」
元気になった俺の足取りは、軽くなった。
高校へ到着してからも、その気持ちの軽さは続く。
なぜなら、いつも虐めてくる鮫島と松尾が今日は欠席していたからだ。
どうしたんだろうか……いや、あの2人が学校をサボる事は珍しい事ではない。
何はともあれ、今日は虐められる事は無さそうだ。ゆっくり授業でも聞こうかな。
俺は椅子に座ると、頬杖をつきながら先生の方を見る。
すると、いつもの様子と違う事に気付いたんだ。
いつもは急に授業を始める先生が、大人しく教壇の前で一枚の紙を見つめている。
何が書かれているだろうか?……そうやって紙に視線を向けると、赤字で『重要』と記されている文字を確認できた。
事件でも起きたのかな?……俺は、不審者情報かと思ったがどうやら違うらしい。
事件は事件でも、あの出来事についてだったんだ。
〈パンパン!〉
先生は両手を叩き、他のクラスメイト達の注意を引いてから話し始めた。
「はい注目! みんな聞いて〜 今日のニュースで知ってると思うけど、一人一人にステータスが表示されるようになりました。――政府からその事について話せって言われたから、話すわね」
うん、知ってる知ってる。確認か?
「皆さんお気づきかもしれませんが、ステータスとは別に、様々な空間から巨大な塔や大穴が出現しています。政府はこれを『ダンジョン』と名付けました」
ダンジョン?……確かにニュースで言ってたような気は、するな。自衛隊を派遣したんだっけ?
「現在、我が国では自衛隊を派遣して内部調査を行なっておりますので、絶対に立ち入らないようにして下さい。――また、未確認のダンジョンも多数あると思われますが、発見次第必ず警察に連絡して、その場からすぐに立ち去って下さい。――との事だ。みんな絶対にダンジョンを見つけても入るなよ」
先生の目は、いつにも増して真剣なものである。
危険だと言うことを強く認識しているのであろう。
しかし、その後すぐに顔をほころばせ、笑顔で生徒たちに朗報を伝えた。
「あと、みんなにもう一つ報告だ。政府からの要請で今日は帰宅指示が出た。家に帰ってゆっくりしてろ!」
〈ガラララッ……〉
先生は教室から出て行ってしまった。
「え?……」
俺は、突然の出来事に動揺して固まってしまったが、徐々に理解する。
あ、帰っていいのか……と。
……学校は休みって事だよな………やった! 今日は、のんびりFPSでもやろうかな。
と、気持ちよく背伸びをしたその時だ。
後ろから聞き覚えのある男の声がした。
「おい。蓮……お前の職業なに?」
――この声は…………
「え! さ……鮫島君……!?」
勢いよく振り向くと、鮫島がニヤニヤしながらこちらを見つめていた。
しかも後ろに松尾までいるじゃないか、なんで高校に来ているんだ。
俺はまるで、狼に囲まれた子羊のように震えながら質問に答えた。
怖かったけど、答えないと殴ってくるかもしれないし……まぁ……嘘をついたけど。
「お……おれは、『村人』だったよ」
鮫島達に本当の事は言えない……バレたら、サンドバッグにされるだろう。
俺は、殴られる姿を想像して自然に顔がこわばってしまった。
それを察知されてしまったのだろうか。
鮫島は顔をニヤつかせながら、俺の額に手を置いてきたんだ。
「本当か?… よし、おれが見てやろう」
「見る?見るってどうやって……」
「まぁ、黙ってな………【王の神眼】」
鮫島が呟くと、掌の周りが急に青白く輝き出し、クスクスと笑い始めた。
何をしているのか検討もつかない。
俺は、彼の顔を見つめる事しか出来なかった。
「え?……え?……」
「…………ッハ。ハハハハハ!!」
混乱している最中、鮫島は突然大声を張り上げた。
そして、俺の学校生活を揺るがしかねない……重要な情報をクラス中にバラしたのだ。
「みんな聞けよ! 蓮の職業、『奴隷』だぞ!!」
「おいおい、マジかよ」
「奴隷ってwww」
鮫島はクラス中に聞こえるような大声で、俺が『奴隷』だと、みんなにバラしてしまった。
クラスの人にもちゃんと聞こえていたようで、全体がざわつき始める。
……終わった……絶望感で胸がいっぱいだ。
でも、なんで分かったんだ?
俺は、真顔のまま鮫島に顔を向けた。
他人のステータスを覗く事なんて出来ないだろ……と言わんばかりの表情で。
「鮫島君、なんで分かったの?……」
その表情を見て、後ろから松尾が近づいてきた。
彼女はこちらを見ながら笑っている。
やはり、職業が『奴隷』という事を馬鹿にしているのだろう。
事あるごとに『奴隷』という単語を会話に混ぜてくるんだ。
「彼が魔法を使ったからよ! 『王』にしか使えない魔法をね。ちなみに私は『魔道士』、よろしくね奴・隷・君・!」
彼女の発言に再度教室がざわつき始めた。
皆んな俺を指差して笑っているし、鮫島を尊敬の眼差しで見つめて畏怖している。
その光景を見て思ったよ。
……最悪だ……世界が変わっても………俺は何も変わらないのか、ってさ。
俺の目は徐々に生気を失っていく。
そんな悲壮感漂う人物を、目の当たりにしたからだろうか。
鮫島がこちらに向かって声をかけてきた。
励ましのつもりらしいが、俺をバカにしているようにしか聞こえない。
「そう落ち込むな奴隷!! 特別に俺のステータスを見せてやる。驚いて死ぬなよ」
そう言うと鮫島は自身の胸に手を置き、王が王たる所以を俺や他のクラスメイトに見せつけた。
それを見て思ったんだ。
――俺じゃ一生勝てないって……
―――――――――――――――――――――――
●基本ステータス
・名前…鮫島弘樹
・性別…男
・年齢…17歳
●能力ステータス
・Lv.1
・職業→『王』
・魔法攻撃→『5650』
・物理攻撃→『9800』
・魔法防御→『5000』
・物理防御→『5000』
・知力→『1000』
↓↓↓↓↓
―――――――――――――――――――――――
……なんであんな奴が王なんだ………いや……ああいう奴だからこそ……人を馬鹿にするからこそ、人の上に立てる……だから、王なのか。
俺は真理に辿り着いた気がした。
なんで俺が虐められて地位も低いのか。そして、皆んなに馬鹿にされるのかが……そう……
――俺は優しすぎるんだ。
地べたにうなだれる俺に向かって、鮫島の笑い声が聞こえてくる。
でもその後放った言葉は、想定外の言葉だったんだ。
この後の出来事は忘れる事が出来ない。
いや、この言葉自体を忘れられない。
俺と鮫島の地位を変える……そんな機会を作った、大切な言葉なのだから。
「おい奴隷! 今からダンジョンに行くぞ」
「え……」