27 《チート化》
蓮の頭に響く、優しい声。
可笑しな老人の声が、聞こえる。いや、彼の頭が可笑しくなったのか。この時点では分からない。
でもそれは確実に、勝利への導きを表す声だったんだ。
蓮は、その後も自らの精神状態を疑いながら、頭の中に響く声との対話を続けた。
(あの、そういえば名前はなんというんですか?)
(ん?儂の名か?…『ダンフォール』じゃよ)
(ダンフォールさん……俺はどうしたらいいんですか?…攻撃力も『0』だし手の打ち用が…)
(…………)
蓮の問いかけに、ダンフォールはすぐに答えなかった。というよりも呆れて声が出ない様子である。
浅い溜息が、頭の中で響いた様な気がした。
(はぁ…お主、スキルを見とらんな)
(はい。見てませんけど、、、何か問題でもありましたか?…)
(まぁええわ。どのみち『神猫』に寄生されとる人間を助けるには、カウンターしかないでな。――『身を守る』を選択してくれ)
蓮が自分の画面を見ると、選択画面の残り時間が少ない事に気づく。
しかし、なかなか『コマンド』を選択できずにいた。
やはり心の中で、頭に響く声を信じるべきなのか。まだ葛藤中なのだ。
(本当に、声の言う通りにしていいんだろうか?…)
葛藤はしてはいたものの、時間がない事もまた事実である。
彼は、仕方なく『身を守る』を選択した。
――――――――――――――――――――――――――
選択時間:5秒
●物理攻撃
●呪怨 ※残り1回
→●身を守る
●アイテム
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〈プレイヤー側の選択が終わりましたので、プレイヤーのターンを開始いたします〉
〈プレイヤー『蓮』が『身を守る』を選択致しましたので『物理防御値』を100にupします〉
蓮の選んだ『身を守る』は、実質無意味な『コマンド』を意味する。これを選ぶという事は、他に何も出来ないと公言しているようなモノだ。
火憐には、絶対に聞かれてはならない事実である。
しかし残念な事に、この機械音は相手側にも聞こえるらしい。
火憐が、こちらを強くと見つめながら、今にも泣きそうな掠れ声で彼に訴える。
「蓮…『呪怨』を使って早く逃げて…」
「そんな事したら、あなたを助けられなくなります!」
「分かってる。でも、このまま戦っても埒があかないでしょ?…」
「…………」
「ほら、だから。強くなってから、私を助けに来て…待ってるから…」
「………」
彼女は顔を傾けて、無理やり笑顔を作っているようだった。
しかし、涙は自然に抑える事がないのだ。不自然な笑顔を浮かべている顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。
そんな彼女の表情を見ても、蓮は何も応える事が出来ない。
ただ彼女の不自然な笑顔を見つめて、何も出来ない自分への怒りから、自らの拳に力を入れる事しか出来なかったのだ。
彼の悔しさが、ダンフォールにも伝わったのだろうか。頭の中で、さらに優しい声で語りかけてくる。
(少年よ安心しろ。お主は、ただの『奴隷』ではない。――かつて異世界で『最強』と謳われたこの『ダンフォール』の力を宿しておるのだから)
(…………)
(ふっ。そんなに心配か?…まぁ、良い。神猫のターンが始まれば分かるさ)
老人の優しき言葉は、彼にとって響かないようだ。
これまで失敗続きだった蓮にとっては、慰めの言葉など何の意味も持たない。
その言葉の力の無さは彼が1番知っているからだ。
蓮と火憐、2人が絶望に飲み込まれそうな中、機械音が進行を再開した。
『神猫』のターンだ。
〈『神猫』のターンを開始致します〉
「にゃおおお〜ん」
無理やり笑顔を作る火憐。
その悲しい彼女の後ろから元気よく飛び出てきた、化け物。『神猫』の口元は、赤く輝いていた。
やはり、彼女を少し喰らったのだろう。赤く輝いているモノは、恐らく血だ。
自らの口周りを執拗に舐めるその化け物に対して、蓮の表情は、絶望から憎しみへと変わっていった。
【ペロッペロッ…】




