17 生贄《いけにえ》
〈ブー!〉
〈プレイヤー『鮫島』は、『逃げる』を選択致しましたので実行します〉
不気味な機械音は絶望を告げる。
その残酷な現実を、彼は飲み込むことが出来なかったようである…
地面に膝と手をついて、呼吸を整えようと必死だ。
そして、少しばかり息を出し入れ出来るようになると、ゆっくりと鮫島の方向を向く。
先程まで苦悶の表情を浮かべていた男が、呆気に取られている様子は滑稽だ。
「え、、え…え、、」
笑う鮫島と、何が起きたのか理解できていない蓮。
蓮の方にいたっては、鮫島の方を向いたままずっと動かない。
ようやく出た声は、震えたカスカスな声だった。
「ね、ねぇ鮫島君、、、『コマンド』を押し間違えただけなんだよ、ね?…早く、『逃げる』を取り消してよ、、」
縋るような声。
当たり前だ。
もし、この場で鮫島が抜けてしまったら、ずっと松尾を庇い続けるだけで時間が過ぎてしまう。
「なんか、言ってよ!」
「………」
蓮の悲痛な叫びにも似た懇願は、聞き入れられないようだ。
鮫島は、こちらに笑顔を見せて黙っているだけ。
何を考えているのか分からない。
蓮の訴えに答えたのは、鮫島ではなく機械音だった。
〈『逃げる』を選択致しましたので、プレイヤー『鮫島』は戦闘を離脱します〉
――これで、鮫島の離脱が確定した
俺の耳は、おかしくなったのか…
なんで鮫島が『逃げる』を選択してるんだよ
それも笑顔で、、、
もう我慢の限界だ
俺はあいつが許せなかった
憎しみが抑えきれずに、顔の筋肉が震える。
四つん這いの状態なので、まるで野良犬が吠えているように、、、
「鮫島ぁ!!!」
ダンジョン内に響くような大声。
生まれてこのかた、こんな大声を出した事はない。
それほど怒り狂っていたのである。
――松尾と俺を見捨てた『王』に対して
「ははははは」
対する鮫島は、笑っていた。
「そんな怒るなって奴隷君。お前も次のターンに『逃げる』を選択すればいいだろ?松尾の奴は、しばらく目を覚まさないだろうし。逃げられるぞ」
「さっき言ってた、いい考えってそれだったのかよ…」
「あぁ、そうだよ。お前に言ったら面倒になりそうだったからな」
「………」
「どうした?… 俺は、先にダンジョンを出てるからな」
そう言い残すと、来た道を戻って歩いてゆく。
何も後悔がないみたいだ。
軽い足取りで、後ろを振り向く気配すらない。
再度、ふつふつと怒りがこみ上げた蓮は、その背中に向かって吠えた。
「ふざけるな!俺は残るぞ…」
「ひゅ〜。カッコいいね」
馬鹿にしたような口調。
鮫島は、後ろを振り向かずにそのまま歩いて行った。
本当に行ってしまった…
おれは、どうすればいい?
このまま、いつ目を覚ますか分からない松尾のために、化け物の攻撃を受け続けるのか、、、
もう嫌だ… 勝てるか分からないのに、あんな痛みに耐え続けるなんて、俺にはもうできない
鮫島の考え方も、合ってはいる。
確かに、今『逃げる』を選択すれば松尾以外は必ず逃げられるかもしれない。
そうすれば幼馴染の氷華にだって会えるのだ。
でも、、、
沈んだ表情の先には、倒れた松尾が写っている。
その瞳は何を考えているのだろうか
こういった場合は、非常に時間がかかる。
次の相手のターン中にでも考えるかもしれない、、、
どの道、どちらの答えを選んでも誰も文句は言わないだろう。
誰だって自分の命は大切なのだから。
さぁ、青年よ、、、よく考えて…
―いや、、
もう彼なりの答えは出たようだ。
眼を閉じてゆっくりとその場に立ち上がり、静かに呟く。
――ごめん… 氷華……




