14 優しさの末路
――誰か……助けてよ……うっ…うぅ………
化け物から攻撃対象に指定された松尾。
彼女は恐怖のあまり泣きだしていた。
「……うっ………うぅ…」
松尾の泣き声がダンジョン内に響き渡る。
……いや、彼女の声だけじゃない……気色悪い化け物の呻き声が、地下からこちらへと近づいてくるのが分かる。
『アアァアヴヴヴァ……』
ズズズ…………
その鳴き声と共に、松尾の前方部分の地面が少しずつもりあがっていく。
「なんだよあれ……」
俺は思わず声を出してしまった。
なんたって化け物が松尾の手前の地面から、ゆっくりと姿を現したからだ。
頭を捻ったり、体を捻ったり……なんとか地中から出ようと必死な様子を見せている。
そのおぞましい光景を目の当たりにして、俺は頭を抱えていた。
俺のせいだ……誘導魔法を使わないでくれって懇願したから……
――どうしたら彼女を助けられる?
頭を抱えたまま地面を見つめる俺。
その答えに辿り着くまでに、時間はかからなかった。
誘導魔法で指定されないなら……自分から化け物の標的になればいいだけだからな。
急いで化け物の注意を引かなきゃ……って、あれ?…松尾さんの泣き声が消えてる……
化け物の姿を見ていたので気がつかなかったが、松尾の泣き声がいつのまにか消えていた。
どうした?恐怖心がなくなったのか?……
俺が恐る恐る彼女の方へ視線を向けると、彼女は地面に横たわっていた。
なんで後ろに逃げないんだ。
意味はないかもしれないが気休め程度にはなるのに……
そう思っても彼女は動こうとはしない。
ん?…いや………動けないのか!?……彼女は………
――気絶していた。
そう。彼女は極度の恐怖心からパニックを引き起こして、意識を失っているのである。
本来ならばそれが一番良いのかもしれない。
意識がない間にHPが『0』になるのだから。
実際に目の当たりにした事がないので、HPが尽きた後にどうなるのかは誰にも分からない。
その恐怖は、計り知れないだろう。
しかし、ダメージを受けた俺はなんとなく感づいていた。
あの痛みは本物だった。HPが尽きた場合は恐らく……死ぬ。
このままだと松尾が死んでしまう。
俺の心配をよそに、化け物は地面から抜け出したようである。
トコトコと松尾の元へ近づき、その無数の口から出る舌で太腿辺りを執拗に舐め回していた。
獲物の味見という事だろうか?
汚らしい光景から少し視線を外すと鮫島が映った。
しかし、彼はその様子をただ黙って見ているだけで何もしようとはしない。
俺はその態度が気に食わなかった。
「鮫島君!松尾さんを早く助けないと!!」
「知るかよ、俺の言う事を聞かなかったそいつが悪いんだろ」
俺の訴えに耳を貸さない鮫島。
ダメだ。鮫島の奴……松尾を助けるつもりが全くないらしい。
俺1人で何とかしないと。
時間はまだ用意されている……らしい……化け物が一向に攻撃を開始しないからな。
もう一度、視線を化け物に集中させた。
すると、なんという事だろうか……化け物は口を器用に使って、彼女の制服上着を脱がせようとしていたんだ。
化け物は、きっと松尾の心臓を狙っているんだと思う。
これまでと桁違いの唾液を分泌しているからな。
『アァアアアヴヴヴゥ……』
化け物が鈍い雄叫びをあげた……
ちょうどその時、松尾が着ていたシャツの最後のボタンが外れたんだ。
もう彼女が着ているのは下着のみ……ここまでくれば、心臓を食い散らかす事が可能だろう。
俺の予想通り、機械音は進行を開始した。
〈『呪猫』の攻撃、『噛み付く』が実行されます〉
攻撃の合図だ。
あどけない表情の松尾めがけて、化け物の歯が、彼女の乳房に突き刺さろうとした。
――その瞬間。
⦅コンッ!⦆
化け物の頭に『何か』が当たった。
まぁ『何か』っていうのは石なんだけどさ。俺が投げたんだ。
そりゃ怖かったし……化け物に攻撃されるなんて、いやだったよ。
けど……俺に気をかけてくれた松尾を、見捨てる事なんかできないだろ。
「……は!………人自体は動けないけど……他の物質は動けるんだな」
化け物は俺が石を投げた事を悟ると、こちらを向いて威嚇してきたよ。
もちろん俺も最大限の虚勢を張ったけどね。
――お前の相手は……俺だろ……




