110 狩人の神器
「ふふふ」
サシャは昔、勇者に助けてもらったことを思い出して笑っている。
(あぁ、私の表情は昔の勇者様みたいだな)
勇者のその微笑みが、サシャの微笑みと重なる。
もう私は…
―――弱くない。
サシャの構える狩人の神器。
それは、神々の武具とも言われるほどの強大な力を有する。
空はうなり、大地が裂け、辺り一帯の地形が変形するとの伝承まである。
「いけっ!!!」
その大きな矢は、神々しい光を放ち地面と水平に、ただまっすぐと標的に向かって突き進む。
本来は、化け物に向かって解き放つシロモノだが、今回は違った。
【奴隷】の少年。
ただ1人に向かってのみ、この矢を放ったつもりだったが、勇者アーサーも近くにいる。
勇者も巻き込まれると分かり、少し狼狽えている様子だ。
この強大な力を前には無傷ではすまないのだろう。
「さて、どうしたものか」
勇者は顔を引きつらせながら、迫り来る矢を見つめていた。
そんな彼の姿に、蓮は不思議そうな顔を浮かべて会話を続けた。
「あの矢か?」
「あぁ……」
「勇者さんなら、あんな弓矢くらい弾き飛ばすのは簡単そうだけど」
「……あれを弾き飛ばす?」
勇者はまん丸な目を見せて驚きを表せた。
そして、笑いながら剣を振るった。
「見てみろ。あの矢ただの弓矢じゃない」
勇者の振るった剣の軌道から、斬撃が飛び出した。
風を切りながら進む勇者の斬撃は弓矢に向かって進んでいく。
「勇者さん。これなら、弓矢を真っ二つに出来るだろ」
「君は強いけど、目はふし穴のようだね」
「え?」
「見てみなよ。俺の斬撃なんて」
悲しそうな表情で、自身の斬撃が弓矢とぶつかる瞬間を見る勇者は説明を続けた。
「あれ?……。消えた?」
「だから言っただろう」
蓮は、勇者の斬撃が弓矢とぶつかった瞬間に、斬撃が消えたのだ。
まるで何もなかったかのように進み続ける弓矢。
それを勇者は、長い顔で見つめていた。
「あれは、魔法を無力化するんだ」
「魔法無効化。そんな武器があるのか」
「あるにはある。あれ以外、見たことがないけどな」
勇者と蓮が会話をしていると、遠くからサシャの大声が聞こえた。
「勇者様! 避けて!」
神器を使うと力を消耗するのだろう。地面にぐったりとしているサシャは何とか声を振り絞っていた。
自身の仲間を、自らの攻撃で傷つけるなどあってはならない。
ましてや、相手は命の恩人である勇者だ。
もちろん。
勇者にとっては、この弓矢を避けることは容易い事ではあった。
しかし。
「逃げられないよ!」
「なんで……」
「俺が避けて、この奴隷も避ければ、弓矢は後ろへといってしまう。そして、ここら一帯を消しとばしてしまう」
勇者はそう言うと、両手で聖剣を握った。
そして、一呼吸置いて前を見つめるとこう言った。
「ここで止めねば」
剣を地に這うように寝かせて、もう一度深い呼吸を行った。
そして、自身に対して身体能力強化の魔法をかけまくったのだ。
「勇者の脚力、勇者の膂力、勇者の加護、勇者の知恵、勇者の伝説、勇者の遺言、勇者の栄光」
勇者の頭の中では、ステータスにそれらが加味されている音が鳴り響いていた。
【攻撃力が10000、防御力が5000、命中率+、回避率+、運+、集中力+……】
信じられないスピードで強化されていく勇者。
「本体にかかる魔法は無力化出来ないだろう。全く、力を込めて打ちすぎだサシャ」
「お願い! 避けて勇者様!」
「避けれない」
弓矢が蓮と勇者に当たりそうになった瞬間。
勇者の聖剣が下から弓矢の先に激突した。
「ぐっ」
勇者は顔を歪ませながらも、なんとか踏ん張っている。
全身全霊をかけて弓矢と衝突しているのだ。
そんな様子を蓮は目を細めて見ていた。
「勇者さん。俺ならもしかしたら……」
「奴隷。君は強いけど、無理はしなくていい。君も今のうちに」
勇者が必死に止めているが、蓮は気づいていたのだ。
魔力を無効にする弓矢。
これは、スキルでステータスを移動している蓮にとっては無意味だと。魔法じゃないからな。
「こんな弓矢さっさと壊して、ダンジョンに入ろうぜ」
「ふっ。簡単に止めているように見えるかもしれないが、これは簡単なことじゃない。ん? おい! 君はなにを……」
勇者は蓮に逃げろと合図をしているが、一向に動こうとしない。
むしろ蓮は、勇者が進路を止めている弓矢の横に立ったのだ。
【ALL CHANGE発動します。HPから攻撃力へ999999✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎】
「ふんっ!」
蓮は、弓矢を片手で思い切り殴った。
するとどうだろう。
勇者とサシャが思いもしなかった音が響いたのだ。
――ポキ
という弱々しい音が。
「え???」




