105 微笑む勇者
ガリア王国の誇る勇者アーサー。
彼の名を聞くと敵対国は恐れおののき、友好国はこうべを垂れた。
攻略不可能と言われるダンジョンをいくつも攻略した力と知恵は誰にも劣らない。
その勇者アーサーの一撃を止められる者がいれば、それは最早、幼き子や老人だけである。
勇者自身が斬ると決めたものは、切断される運命を免れることは出来ない。
そう考えられていた。
◆◇◆◇◆◇
勇者の一撃を腕で受け止めた蓮はニヤリとした顔つきでアーサーを見つめた。
(なんだよ。大したことないじゃないか)
これまで強敵と戦った蓮にとっては勇者の斬撃など取るに足らないものであった。
剣の重みも無く、振り下ろす動作も鈍い。
いくら魔法を使っていなくとも奴隷に、いとも簡単に受け止められて勇者も相当ショックらしい。
「なぜ止められる? 君は王なのか?」
まただ。
あまりの強さに王だと勘違いされてしまった。
いや、アーサーは勘違いしたのでは無く、自分が奴隷に止められたという事実を認めたくないのだろう。
ガリア王国の最大戦力が奴隷一人も斬りころせない。
そんな事があってはならないのだ。
そんな、驚きを隠せないアーサーに蓮は笑って声をかけた。
「俺は奴隷ですよ。さぁ、早く剣をしまって下さい」
「……分かった」
アーサーは少し考える素ぶりを見せた後に、剣を鞘に収めた。
俺の温和な口調を聞いて敵ではないと分かったのだろうか。
剣を収めた後にアーサーは後ろに下がると口に手を当てて考え込んでしまった。
なぜこんな強い奴隷がいるのか?
そんな表情だった。
「……」
無言のアーサーにミサが後ろから声をかける。
その言葉からは、早く奴隷を倒して欲しい、そんな要望が見え隠れしている。
だが、アーサーはもうそんな事を考えていなかった。
「……」
「アーサー様? 倒さないんですか?」
ミサの声を聞くとアーサーは後ろを振り返りこう尋ねた。
笑顔で尋ねるアーサーの顔はどこか怖い。
「あの奴隷は君を襲おうとしたのか?」
「え?」
ミサは首を傾げると頭を縦にコクッと頷いた。
勇者様はどうしてそんな事を聞くのだろう?とミサは思っていたに違いない。
説得力を増すために倒れた大木を指差して自分の言っていることが正しいのだと強調した。
「あの大木を見てください! 奴隷は私を威圧する為に急に大木を倒したんですよ」
それを聞いていた蓮が驚いた顔で話に割って入ってきた。
「違う! あれは勇者が見つからない焦りで……」
蓮が誤解を解こうと喋りかけたその時である。
アーサーが口に手を当てて話を遮った。彼の表情は怒りではなく驚きであった。
「君があの大木を倒したのか……自然に倒れたのだと思っていたが……ふむ」
驚きのあまり目を大きくさせている。
この時にはもう既にアーサーから殺気は消えていた。どうやら蓮がミサを襲おうとした事実はない、と分かったようだ。
アーサーはミサの肩に手をおいてニッコリと笑った。
「ははは。どうやら勘違いのようだよ」
「え?」
「心配しなくていい。さっき彼と一撃を交えて分かったよ。彼からは殺気も欲望も感じられなかった」
「本当……ですか?」
アーサーの言葉を聞いて恐る恐る蓮を見つめるミサ。
まだ怯えているようだ。
もしかしたら大木を素手で倒し、勇者の一撃を受け止める。
そんな化け物みたいな奴隷を単純に怖がっているのかもしれない。
「さぁ行こう」
「……」
アーサーに手を握られて蓮の元へと案内されるミサ。
彼女の顔は未だ不安に満ちていた。
それを見たアーサーは微笑む。
「心配しなくていい。もし何かあっても勇者アーサーが君を守るから」
「は……はいっ!」
この言葉でミサの恐怖は吹き飛んだようである。
両手でほおを抑えてニヤニヤしている。
その様子を見たアーサーは蓮に話しかけた。
「すまない。勘違いをしていたようだ」
「いや……。悪いのはあの女だから……」
眉間にしわを寄せてミサを見つめる蓮。
少しイラついている彼を見てアーサーは笑っていた。
「ははは! 誰でも君のことは怖がると思うよ」
「え?」
「素手で大木を倒すなんて。この国にそんな馬鹿力を持っている人間はいないからね」
「……」
アーサーの言葉を聞いて蓮は少し驚いた顔を見せた。
(あれ? この世界って、化け物みたいな人間がたくさんいると思ってたんだけど)
蓮がそう思うのも無理はない。
最初に倒した化け猫達も、リリアンと呼ばれる化け物も、こっちの世界で討伐対象になるはすだ。
なら、人間側にも化け物級がいなければ話にならないだろう。
ましてや今会話しているのは最大戦力の勇者アーサー。
彼がこんな発言をしていてはこの世界のレベルが心配だ。
「勇者様に比べれば俺なんて全然です」
笑顔で答える蓮。
謙虚な姿勢が気に入ったのか、アーサーは手を出してきた。
握手をしよう。そう言いたげな表情だ。
(よし。俺も手を出そう)
蓮がそう思った瞬間だった。
ビュンッ。
蓮の頭のすぐ近くを一本の矢が通り過ぎたのだ。
そう。これは勇者の仲間。
弓使いのサシャによる攻撃だ。
(あれ? 俺、今死にかけた?)
勇者とミサが驚くのと同時に、蓮の顔から血の気が引いていった。




