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104 対勇者戦

 


 整った顔立ちの勇者アーサー。

 彼は、蓮とミサが言い争っている光景を見て何か勘違いをしたようだ。

 大木の上から二人の間に降り立つと蓮を睨みつけた。



「君がレイヴン公の言っていた奴隷(スレイヴ)か?」



 ◆◇◆◇◆◇◆



 三人の間に緊張感が走る。

 勇者アーサーが蓮の事を敵だと認識しているからだ。ミサを守るように背中で隠すように立つと蓮に向かって刀を向けた。



「まさか、レイヴン公が選んだのがこんな野蛮な奴だったなんてね」



 アーサーが睨みを効かせると蓮は少し後ずさりした。

 やはり勇者のオーラは感じる。綺麗な顔とスラッとした体型からは想像できない圧を感じているのだ。

 小ぶりな剣も勇者アーサーが持つと、大木にも引けを取らない程に巨大に見える。

 蓮の額には冷や汗が浮かぶ。



「まってくれ。俺は何も悪い事をしていないし、しようともしていない」

「本当か?」



 アーサーは顔をミサの方に向けて尋ねた。

 もしかしたら、アーサー自身が勘違いをしているかもしれない、そう思っているのだ。

 しかしミサの反応は違った。

 ひどく怯えた様子で顔を下に向け肩を震わせている。その姿を見ると、百人いれば百人がミサを信じるであろう。

 その姿を見たアーサーは蓮の方向に顔を戻すと無表情になった。



「彼女は怯えているようだけど?」



 勇者の言葉に蓮は固まった。

 怒りの表情よりも無表情の方が恐ろしく感じるからだ。そこには優しさも怒りも人間らしさが全く無い。

 蓮は面倒な事になったな、というような表情でミサを見つめた。



(薬剤師志望おかげで変な勘違いされちまったじゃねぇか)



 その行為が間違いであった事を蓮は気づかなかった。

 本人は見つめたつもりであったのに対して、ミサは睨まれたように感じたのだ。



「ヒッ……」



 勘違いしたミサはアーサーの背中で顔をすっぽりと隠した。

 強大な力を持った奴隷……その存在が彼女にとっては恐怖でしか無いのだ。

 先程よりも震える彼女。

 それを見たアーサーはもう一度蓮に話しかけた。



「やっぱり、君は彼女を襲おうとしたんだね」

「ちがう! 俺は何もしていない」

「ならなぜ彼女はこんなにも怯えているんだ?」

「……」



 言葉の詰まる蓮。

 アーサーのもっともな質問に蓮は素早く反応する事が出来なかった。

 当たり前なのかもしれないが、蓮にも理由がわからないから答えようが無いのだ。

 それに、彼は焦っていた。



(勇者との関係が悪化したら、レイヴン公との約束を果たせない……)



 蓮がここに来たのはドラゴンの巣へと入って、レイヴン公の依頼……永龍草(えいりゅうそう)を取ってくる必要がある。

 そうしなければ、奴隷として人質となった子供達を救うことが出来ない。



「ふぅ〜」



 一度、冷静になろうとした蓮は大きく深呼吸をした。

 どうすれば勇者への誤解が解けるのか?それを考え出す為に。

 ここで勇者と別れ離れになれば永龍草(えいりゅうそう)の在り処は分からないままになってしまう。最悪、それだけは避けなければならない。



「この世を去る準備は出来たか?」



 深呼吸をしている蓮にアーサーが話しかけてきた。

 しかも、刀を両手で握って切っ先を蓮に向けてきている。殺気を放っているのだ。

 どうやらアーサーは蓮が悪者だと判断したようである。



「安心しろ。痛みを感じる事はない」



 アーサーが動作に移ろうとした際に蓮がストップをかけた。

 こんな所で勇者と戦うつもりなんか最初からない。

 むしろ、相手のレベルが分からないのに勝負などしたくないのだ。

 ダンフォールは向こうの世界ではレベル9999。

 勇者と呼ばれる彼はどんなレベルなのか、もし、ダンフォールと同じ実力なら蓮に勝ち目はない。



「待ってくれ! 俺は本当にやっていない」

「言い訳はよせ」

「本当にやっていないんだ」



 蓮が必死に説得を試みるが勇者は全く聞き耳を持たない。

 無表情のまま剣を収める事はしていないし、驚きの一言を放った。



「そんなに見苦しいと仲間の攻撃が先に君を貫くぞ」

「仲間?」



 蓮はさらに混乱した。

 たしかにレイヴン公は勇者御一行と言っていた。しかし、目の前に見えるのは勇者ただひとりだけだ。

 もし勇者の言葉が正しいなら勇者の仲間はこの森のどこかに隠れている。という事だろう。

 蓮が察知できないように隠れて、いつでも攻撃できるように見張っているのだ。



(どこにいる?)



 蓮が辺りを見回しても人の気配すらない。

 大木の根元に樹木の枝、至る所に体を隠せる場所はある。勇者と対峙しているままでは到底見つからないだろう。



「もういいか?」



 勇者がいよいよ攻撃段階に入った。

 腕をだらんと下げてゆっくりと蓮に近づいてくる。

 そして、徐々に、徐々に速度を上げていくのだ。風のように走るアーサー。

 それを見てミサは両手を握りしめて見つめていた。



「アーサー様……」



 彼女の声援も受けてアーサーは走り抜ける。そして蓮へと刀身をぶつけたのだ。

 魔法は使わずともガリア王国随一の能力を有するアーサー。

 彼の一撃は岩をも砕き、水をも割く。



 その一太刀で蓮は真っ二つになる……。



 はずだった。



 しかし、そうはならなかったのだ。勇者の剣は蓮を通過する事なく途中で止まってしまった。



 ガキィィイン。



 鈍い音が森中に鳴り響く。

 勇者の斬撃は蓮には効かなかったのだ。蓮の心配していた勇者のレベルはさほど高くなかったようで、蓮には安堵の表情が浮かんだ。



「勇者様。話を聞いてくださいよ」

「「……」」



 澄ました表情で勇者の剣を腕で止めた蓮。

 それとは対照的に勇者とミサの表情は時が止まっているかのようだった。



 信じられない――。



 そう言っているかのように。


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