103 勇者と奴隷
蓮とミサは青い光に包まれ……。
目が醒めると森の中にいた。
ードラゴンの巣、入り口ー
「ここはどこだ?」
「森の中みたいですね〜」
二人は辺りをキョロキョロと見回して自分達がどこにいるか確認している。
だが、わからないようだ。
「おいミサ。分からないのか?」
「魔法でここまで連れてこられましたから、全く分からないです」
申し訳なさそうに話すミサ。
だが、おかしい。聞いた話だと近くに勇者達がいるはずだが人の気配が皆無である。
(俺達を転送する場所を間違えたのか?)
蓮は急に不安になった様子で顔を下に向けた。
レイヴン公のミス……。
もしそうなら、危険の蔓延しているダンジョンに行かなくても蓮達は罰されないだろう。
であれば喜ぶはずだ。
しかし、蓮の場合は違う。ドラゴンの巣へ行き、永龍草をとらねば子供達が解放されない。
(クソ! 勇者はどこにいるんだ?)
蓮達はまだ、自分たちのいる場所がドラゴンの巣の近くであると分かってすらいない。
この状態で勇者という案内役がいないのならば何もしようがないのだ。
悔しさに拳を握り、震えた。
「どうしたんですか! 気分でも悪くなったとか」
蓮の異変に気付いたミサが顔を覗き込んだ。
彼女の目に映ったのは歯を食いしばっている蓮の表情であった。
「クソォ!」
「!?」
どうやってドラゴンの巣へと向かえばいいのか……不安に押しつぶされそうな蓮は目の前にある木に拳を叩きつけた。
やり場のない不安をぶちまけたかったのである。
【ドゴォォォォォン】という音が森中に響いた。大型トラックが電柱をへし折るような豪快な音である。
そして、けたたましい音をたてながら木は地面へと倒された。
「え?」
突然の蓮の行動にミサは驚いていた。
彼女が驚くのは至極当然だ。
最弱のはずの奴隷が、目の前にある大木を倒したのである。
しかも素手で。
「あなた……奴隷……ですよね?」
両手を口元に当てて後ずさるミサ。ひどく怯えている様子で、声も震えている。
目の前で起こったことが信じられない、そんな印象が垣間見えた。
みすぼらしい服に手首につけられた鎖。
ただの奴隷がこれ程までの力を有するなんて誰が想像できるだろうか?
「あぁ。俺は奴隷だけど」
「ヒィィイ。近づかないでくださいぃぃぃ!」
蓮がミサの方へ近づこうとすると、彼女は地面に尻もちをつき、そのまま後ろへと下がった。
素性もよく分からない奴隷と二人きり、しかもその奴隷は有り得ないパワーを有しているのだ。
怖くてたまらないのだろう。
「そんなに怖がらなくていい!」
「や、やめてえぇぇえ!!」
蓮に怯えるミサ、その震える様は子猫のようである。
目をウルウルとさせて顔を手で覆った。
(やばいやばい。何が奴隷よ! ほんとは強いのに奴隷って騙して女を襲うつもりだったのね……)
被害妄想を頭の中で巡らせているミサは、唇を噛み締めてゆっくりと立ち上がった。
ゆらゆらと、生まれたての鹿のようにカクカクした足を抑えながら。
「蓮といったわね?! よく聞きなさい」
「な、なんだ」
「いくら私がキレイだからって、二人きりになった時に襲うなんて有り得ないわよ」
「は!? 俺はただ木を倒しただけじゃん!」
「そうやって力を見せつけて。恐怖を植え付ける気でしょう」
ミサの目は今にも泣きそうであった。
しかしながら、威嚇のつもりなのだろうか。震える人差し指を蓮に指してこっちに来るなと言っている。
「ハァ。何言ってんだ」
蓮は深くため息をつくと再びミサの方へと前進を始めた。
ゆっくりと一歩一歩着実に……。
「ひっ。ひっ」
ミサは彼が近づくのを確認する度に、顔を引きつらせて恐怖の声を出している。
そして遂には。
「勇者様! 助けてぇええええ!」
森中に聞こえるような叫び声をあげたのである。
「このままだと勘違いされるから」
蓮は頭をかきながら面倒そうな顔でミサを見つめた。
対する彼女は蓮を睨みつけている。
威嚇する子猫のように力無いものだが、持っていた長槍を向けて精一杯の抵抗を見せている。
「ハァ……」
蓮が大きなため息をついた時だった。
君が奴隷か?――。
蓮とミサの頭上から若い男の声がしたのだ。
透き通るようなキレイな声。
それを聞いたミサの表情は一気に明るくなり、巨木の枝に立っている人影に向かって感謝の意を述べた。
「あっ。あっ……来てくれたんですね?」
勇者、アーサー様。




