102 俺の名は
ー時は変わり、蓮達のいるあばら小屋前ー
「ハハハ」
レイヴン公はまだニヤついていた。
魔導師の舞台に驚く蓮達に、どうだ。ガリア王国の力は、と言わんばかりの表情である。
実際、ガリア王国の軍事力の強さは魔導師舞台に起因する。
陸では騎兵部隊、空からは魔導部隊が主流のこの世界の中でもガリア王国は異質であった。
騎兵部隊の一兵士に至るまで魔法を習得し、一人一人が少なからず魔力を有する。
剣に魔力を纏わせ、時には遠距離攻撃も可能だ。
魔法がこの国を強くしていったといって過言ではない。
その自負が魔導師に驚く者を見ると、嬉しさにつながるのであろう。
「もうそろそろ、行くかのう?」
レイヴン公はニッコリと微笑んでいる。
魔法に関してだけではない。全て自分の思惑通りになったとほくそ笑んでいるのだ。
彼のその笑顔からは、この国の奴隷に対する蔑視が感じ取られない。
が、この国では奴隷という職業は忌み嫌われる。
先程も説明したようにこの国は魔法で強国になり、現在も魔法で維持し続けている。
そんな国にとって、魔法を使役出来ない職業の奴隷は役立たずだ。
この世界では親のどちらかの職業を子供が引き継ぐ。
なので、奴隷は奴隷同士で添い遂げる。
「あぁ。そうだな、ミサ! もう行くってよ!」
「……」
そんな事情も知らないまま蓮はミサの肩を揺らした。蓮の近くにいるミサはボーッと空を眺めていてレイヴン公の話など聞いていない。
彼女は今、妄想にふけっているのだ。
「あ〜い」
「勇者様ぁ……」
蓮が耳元で言葉を発しても反応がない。
勇者とダンジョンで仲良く話している様子を何度も頭の中でシュミレーションしている。
(ミサと勇者って前になんかあったのか?)
蓮が何回揺らしても反応がない。
相当そっち側の世界にのめり込んでいるようだ。
蓮は、はぁ、と溜息をついた後彼女の耳元に口を近づけてこう言った。
「勇者様が早く来いってよ」
その囁きでミサは正気を取り戻した。
「は、はい!!!」
蓮は彼女の姿を見て呆れたように言う。
「薬草を見るために行くんじゃなかったのか?」
「ま……まぁ。そうですね!」
「さっきから勇者って単語しか聞こえないぞ」
「勇者様はついでですから! ハハハ!!!」
明らかな作り笑いをしてごまかすミサ。
しかし、二人のこのやり取りはレイヴン公にとってどうでも良い。
彼は右手を高く上げると、空に展開している魔導師達に命じた。
「この者たちをドラゴンの巣へと転送せよ」
「「ハッ!」」
魔導師達はレイヴン公の命令にこたえると、両手の掌を蓮とミサの方向に向けた。
すると……。
【ヴァン!】
地面に魔法陣が浮き出たではないか。
いや、それどころか薄っすら青く輝いている。
「なんだこれ?……」
「安心して! きっと転送魔法よ! 私にもよく分からないけどね」
そう言ってミサは蓮にグーサインを出した。
「またお前は適当な事を……」
蓮が呆れた表情をまたすると、ミサはニッコリと微笑んだ。
「よろしくね。貴方の名前はなんて言うの?」
「俺の名前は……」
蓮はミサの質問に詰まった。
いまの蓮の立場を考えると、体はダンフォールで中身は蓮という事になる。
本来ならばダンフォールと名乗るべきなのだが……。
「……蓮だ」
「へぇ。蓮って言うんだ! よろしく!」
彼は自分の名を名乗る事に決めた。
二人が微笑みあうと、ちょうど青い光に包まれて二人は消え去っていった。
勇者達の待つ。ドラゴンの巣へと――。




