98 強国の宰相
ガシャン、という鍵を開ける音。
その後すぐに扉が開かれた。外にいたのは全身を鎧で防備し、長槍を携えた兵士が一人。
その兵士は扉付近で止まると大声を上げて人数を確認してきた。
「三名確認!! 奴隷ども! 今日が貴様らの出荷日である。名誉ある飼い主に出会えた事を感謝せよ!」
兜でくぐもった声は聞き取りづらく醜い。
兵士の言葉から察するに、もう俺達の買い手はついているようだ。
名誉ある飼い主という事は、どこかのお偉いさんに俺達は買われたのだろうか?
蓮は涼しげな顔で兵士に口をきいた。
「兵士さん。俺達を買ったのは誰だ?」
「ふっ。聞いて驚くなよ。この国……ガリア帝国の宰相だ。王様に次ぐ権力者だぞ」
「ガリア帝国?」
「貴様はそんな事も知らんのか。私達のいるこの国……ガリア帝国の事だ。大陸の中でも一際大きな軍事力を持つ我が国は、ダンジョンを攻略した事があるのだ」
「でもなんで、そんな大国の宰相が俺達を買うんだ?」
「さぁな。私も奴隷商に雇われた一兵士にすぎん。詳しい事は後日、宰相にでも聞いてくれ」
「……」
「そう気に病むな! これからはきっと裕福な暮らしが出来るぞ」
まるで自分の事のように喜ぶ兵士。
どうやら性格は悪くはなさそうである。持っている長槍を使う素ぶりも見せないし、何より子供の奴隷もやせ細っていない。
食事をちゃんと提供してくれていたのだろう。
しかし、蓮は子供達との約束を果たさなければならない。
「ごめんな。兵士さん」
「へ?……」
蓮はスキルを発動して身体能力を向上させると、兵士の後ろ側に回り体と首部分を腕で抑えた。
「兵士さん。あんた思ったより力無いのな」
「や……やめろ……」
兵士の持つ長槍はただの見せかけであった。
蓮が後ろから締め付けるとあっさりと、武器を手放して切ない声を発しているだけだ。
屈強な兵士が来ると予想していた蓮は首を傾げるが、続行した。
「頼みがある。この世界の事をもっと教えてくれ」
「……」
兵士の声が聞こえない。
兜でくぐもった声は非常に聞こえにくく、何かを喋っているのは分かるが理解できない。
蓮は、はぁ、とため息をつくと兵士の兜を無理やり外した。
するとそこから出てきたのは図体の小さい男ではなく……。
「女!?」
兜を取ると、出てきたのは長く茶色がかった美しい髪であった。
兵士は女であったのだ。
しかも泣いている。
「うっ……。まさか、奴隷の男の子に襲われるなんて……こんな仕事引き受けなきゃよかったよ。うっ……」
「ま、待て。泣くな!」
慌てる蓮。
これではどちらが悪役か分からない。
蓮が必死に彼女をなだめようとしたその時である。
そこまでですよ――。
優しく、しかし、力強い声があばら屋いっぱいに広がった。
老人の声である。
その声の持ち主はあばら屋の出口付近に立っていた。
胸には勲章を飾りをつけて、まるで宣教師のような格好をしている。
彼は優しく微笑むと軽く蓮に会釈した。
「私の名は、レイヴン・ヴェ・エクスード伯爵。このガリア王国の宰相をしています」
先程兵士が語っていた。飼い主のレイヴンである。
彼は再度優しく微笑むとゆっくりと、なぜ蓮達奴隷を買ったのかを説明した。
「あなた達にはお願いがあります」
「なんだ?」
「ふっ。簡単です。ドラゴンの巣へと入って、薬を取ってくるのですよ。さすれば貴方とその子供は開放してあげましょう」
「薬? そんなもの何に使うんだ?」
蓮が質問するとレイヴン公は、ゆっくりと目を瞑った後にニヤリとした悪魔の表情を見せて言った。
「黙れ奴隷が……私はそれを国王に献上するのだ」
と。




