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01 プロローグ

 

 人は誰でも平穏を退屈だと感じたことはないだろうか?……

 俺も……昔はそう思っていたんだ。


 だけど、今は違う。

 平穏な学校生活に戻してくれ、と心の底から思っている。



 そう。俺は学校で虐められているのだ。

 学校へ行く(たび)に、私物が1つや2つ無くなる事は当たり前。

 でも、何故か増えるものがあるんだ。まぁ、(あざ)なんだけど。



 俺を虐めるのはヤンキー男子の『鮫島(さめじま)弘樹(ひろき)』、いつも会う度に肩をど突かれる。

 パシリもやらされるし、財布の中はいつもすっからかんだ。



 そしてもう1人……令嬢の『松尾(まつお)火憐(かれん)』だ。親が金持ちでベンツに乗って登校している。



 彼女は、俺が虐められている所を眺めているだけなので許そう。

 全く……こっちは動物のショーをやっているわけじゃないのに。



 他のクラスメイトも似たようなもんだ、見て見ぬ振りをするだけで……何もしてくれないんだから。




「あぁ……学校に行きたくない……」



 自室のベッド上に寝転がっている俺が、現在高校2年生の『市谷(いちがや)(れん)』だ。

 中途半端な長さの髪、自信のなさそうな目、そして普段はメガネをかけている、一言で言えば地味な見た目だな。



 はぁ……このままずっとベッドの上で横になりたい……

 けど、そう思っても母親が許してくれないんだ。




「ちょっと、(れん)! 氷華(ひょうか)ちゃんが迎えに来たわよ」

「はーい!! 今すぐ行くから」



 全く……お母さん……朝から大きい声を出しちゃってさ、ご近所迷惑になるよ。



 ……え?なに?……虐められているのに、学校へ行かせようとするなんて酷いんじゃないかって?

 ははは。それなら大丈夫だよ。



 だって、母さんには虐められているって伝えてないからね。

 物を取られた時は、いつも失くしたって事にしている。



 そのせいで家族の中では天然キャラ扱いされるようになったけど。



 あと俺には、学校へ行かなきゃならない理由があるんだ……幼馴染の存在がね。



 俺は急いで制服に着替えると、2階にある自室から玄関へと走った。




〈ガッガッガッガッ〉



「ちょっと蓮! そんなに慌てて階段降りないの」

「氷華ちゃん、もう待ってるんでしょ? なら早くしなきゃ!」



「……それもそうね。あっ、朝ごはんはいる?」

「いらないよ!」




〈ガチャッ〉



 俺が勢いよく玄関を開けると……目の前で待っていた。



 ――幼馴染の『安藤(あんどう)氷華(ひょうか)』が。



 茶髪でショートの彼女は、一見するとスポーツ女子である。

 というか……バレー部で主将を務めているので、普通にスポーツ女子かな。



 いやそんなことより、幼馴染が家の前で待ってくれるって凄くないか?

 しかも、元気に話しかけてくるんだ。



 太陽みたいな子ってさ、彼女の事を指すのだと思う。

 沈んだ気持ちが毎朝一気に舞い上がるんだ。



 彼女の顔を見ると俺は毎朝、笑顔になる。




「何ニヤけてるのよ! 早く学校行こ」

「分かった!」



 彼女の言葉から始まる俺の一日……最高だ。

 ……え?なに?彼女は、俺が虐められているのを知ってるのかって?



 そんな事当然、知ってるわけ無いじゃないですか。

 俺、学校で人気者って事にしてるから……ある意味当たってるし……


 ほら〜。そんな事考えているから、今日も学校に関する質問が多くなったじゃないか。



 氷華は俺が虐められてるって知らないからさ、毎日高校についての質問をしてくるんだ……まぁ、高校生が登校中に話す内容としては普通か。



「最近、そっちの高校はどうなの?」

「あぁ……最近は球技大会があって、俺のクラスがソフトボールで優勝したんだ!」



「へ〜。蓮は球技大会で何やってたの?」

「お、おれ? ん〜。ソフトボールやってた」

(練習の時に、球拾いさせられてただけだけど……)



「すごいじゃん!」

「ま、まぁ俺もヒットの一本くらい打ったからね。ははは」



 可愛い幼馴染と、高校での架空の出来事を話す。俺にとってはこの時が一番楽しいのだ。

 でも楽しい時間にもすぐ終わりがやってくる……俺達の高校は違うからね。



「じゃあね〜蓮。また明日の朝ね」

「うん! じゃあ、また明日」




 登校途中の分かれ道で、俺達は綺麗に真横に別れるんだ。



 俺は偏差値35のヤンキー高校へ。一方の幼馴染は、偏差値70越えの進学校へと進んでいく。

 こんな不釣り合いな関係……俺も心の何処かで分かってはいるんだ。

 幼馴染と話すのはもう数年だと。



 俺と全く違う環境へ進学するんだろうなぁって…最近はこんな事ばかりずっと考えている。

 そうだな、馬鹿な虐められっ子が幼馴染だと氷華(ひょうか)にも迷惑掛かるかもしれないし。



 高校卒業したら、連絡取るのやめようか。



 最近の登校中はさ。

 そんな悲しい事を考えながら、足を進めることが多くなったよ。

 虐めっ子が待つ高校への道中ずっとだ。





〈ガララ……〉



 そんな事を考えていると、すぐ学校へ着く。



 そして俺は、高校のクラスにたどり着くと必ず最初に、ゆっくりとクラスのドアを開けるんだ。



 ゆっくりとだぞ……誰にも気づかれないように、ゆっくりと。



 なんでそんな事をするのかって?……はは。もちろん、鮫島が来ていないか確認するためだよ。



 もし来ていたらトイレで時間を潰して、授業ギリギリまで粘るのが日常なのさ。

 でも、今日はそんな事しなくてもよさそうだ。



「よし!  今日は居ないみたいだな」



 教室内を見回しても、鮫島も松尾もいないじゃないか。

 今日は、最高の学校生活を歩めるかもしれない。

 そう思うと口元の筋肉が緩くなる。



 だってしょうがないだろ。

 あいつらが居ないだけで、俺のストレスはオールフリーになるんだから。



 でもねこの時、俺はもう少し用心をしておくべきだった。

 なぜなら……鮫島の奴、背後にいやがったんだ。

 急に、あの声が聞こえた時はびっくりしたよ。しかもいきなり蹴られるんだから。




「はよ入れや!!」




【ガッ!ガッ!】



 まずは背中に2発、そして振り向いた後に腹へ3発決められたよ。足でね。



「うぐっ…か、かはぁ… 」



 俺はワケがわからなかった。

 朝っぱらから人の体を攻撃しやがって。



 突然の出来事で混乱していたのと、単純に拳が腹に入った事が合わさって、上手く呼吸が出来なくなった。



「い……息ができ……ない……」



  情けない事に、俺はその場で崩れ落ちてしまったんだ。



 こんな姿、氷華や母さんに見せられない。

 それくらいみっともない姿だったと思う。

 でも、鮫島は容赦なく罵声(ばせい)を浴びせてきたんだ。




「ふん。雑魚め」



 なんて言う奴だ。いや……鮫島だけじゃないか。

 それを見ているはずのクラスメイトは、誰も声をかけてこないし助けに来ない。



 近づいてくれる人といったら、後から歩いてくる松尾火憐(まつおかれん)くらいだ。

 まぁ、蹴られるんだけどね。



「邪魔よ。貧乏人が」

「うぅぅぅう……」



 俺は腹部を抑えたままその場にうずくまったよ。

 泣き声を隠すように唇を噛み締めて……この時は、強く噛みすぎて出血しちゃったかな。



 悔しさもあったけど、単純に痛かったんだ。

 無防備なみぞおちを蹴られたわけだから、当たり前かもしれないけど。



「い……痛い」




 俺は結局、痛みに耐えかねてそのまま自宅に帰ってしまったんだ。

 蹴られた箇所を押さえながらね。



 ……え?こんな姿を母親に見られたら大問題になるって?

 はは。大丈夫だよ。



 母親は仕事で外出のはずだ。

 痛みに苦悶(くもん)する俺を見る事はないだろう。




 〈ガチャガチャ〉



 ほら鍵が掛かっている。これで安心して部屋で寝られるんだ。



 あの時は急いで階段を上がって自室に着くと、ベッドへ横になって天井をひたすらに見つめてたっけな。



 痛みは寝れば治る。

 けど、こんな生活いつまで続くんだろ……終わりが見えないんだ。



 俺はいつまで弱いままなんだろ……って考えていたら自然と涙が出ていたよ。




「ゔっ……うっゔゔ」



 虐められている事は辛い。

 でも、それだけじゃないんだ……親や幼馴染に嘘をつき続けている事の方が辛い。



 自分の事を素直に言えればいいのに、なぜか背伸びして会話をしてしまう。



 そんな自分が嫌いだったんだ……俺が強ければ……賢ければ……こんな事にはならなかったのにって。



 そうやって、悲しみにふけている時だったかな。

 目の前がボンヤリとして視界が狭くなっていったのは。



 涙で視界がボヤけているわけではないよ。

 何故か、強烈な睡魔(すいま)が俺を(おそ)ったんだ。



 いつもなら、こんな時間に眠る事はないんだけどね。

 痛みと疲労もあって、俺はそのまま眠気に逆らわないようにゆっくりと瞳を閉じたんだ。



 ––––––深い深い暗闇に…意識を落とし込んでね


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