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はちがつのおわり、ぼくのえにっき  作者: きなこ☆ふんにゅー
1/1

その1



 平成最後の夏は、虫すらも活動を拒むようなじりじりとした暑さだった。低温調理されているような、身体の外と内からやってくるじめっとした嫌な暑さに光太はうんざりしていた。


 今年の夏は異常だった。

 光太が毎年楽しみにしていた夏休みの間に開放される小学校のプールも今年は水温が高いという理由で中止になった。


 外に遊びに行こうとしても、両親が熱中症になるからと家から出ないように注意され、夏休みも半分が過ぎようとしている今、光太が満足に外で遊べた期間は一週間にも満たなかった。


「おはよー……」


 午前七時。眠い目をこすりながら、ダイニングにやって来た光太はいつものようにテレビを付ける。リモコンを操作していつものニュース番組にチャンネルを変える。


 パッと、テレビの画面が変わると、いつものお天気キャスターが今日の天気を伝えていた。


「今日の最高気温は三十七℃。まだまだ暑い日が続きそうです。皆さん、熱中症には充分に注意してお過ごしください」


 とても暑さを感じているようには思えないほど、涼しげな笑顔を浮かべながらそう言うと、話題は今日の天気から芸能ニュースに切り替わった。


「今日もお外で遊ぶのは無理そうね」


 キッチンで光太の朝食を準備していたお母さんが、首だけ出してそう言った。


「えー……」


 お母さんの言葉に光太は純度百パーセントの不満で答える。連日の猛暑で光太はもう何週間も友達と遊べていなかった。


 ヒロくんもアキくんもダイちゃんにも、まったく会えていない。夏休みはプールに行ったりサッカーしたりして遊ぼうって約束してたのに……。


「ぼく、大丈夫だよ!」


 毎年、どんだけ暑くたって寒くたって外で走り回っていた。だいたい、普段の気温とたった五℃くらいしか変わらない。


 けれど、お母さんは「ダメなものはダメ。倒れてからじゃ遅いのよ?」と、光太を諫める。


 こうなったお母さんは何を言おうがてこでも動かない。自分の言葉を聞き入れてくれないお母さんにもやもやとしたものを感じながら、光太はテレビを消してテーブルに座った。


 キッチンから肉の焼けるいい匂いと共にお母さんが朝食を持ってくる。


 今日の朝食はウィンナーに目玉焼きとトースト。いつもは二本入っているウィンナーが今日は三本入っていて、沈んでいた光太の気分が少しだけ上昇した。


「もう少し気温が落ち着いたら、いくらでも遊んでいいから、ね?」


「うん」


 こくりと頷いて、ウィンナーをかじる。口いっぱいに広がる肉の旨味でちょっとだけ幸せな気持ちになった。

 すぐに飲み込まずに、口の中でこの小さな幸せを何度も嚙みしめていると、お母さんが思い出したように「そうだ」と、呟いた。


「光太、おばあちゃんのこと覚えてる?」

「うん、覚えてる」


 目玉焼きをゆっくりとトーストに乗せながら、光太は答えた。


「来週ね、おばあちゃんの家に遊びに行こうと思ってるの。どうかな?」

「ほんと!」


 お母さんの提案に光太はきらきらと目を輝かせた。


 おばあちゃんの家に遊びに行ったことはたった一度だけ。けれど、そのときの記憶は光太の思い出の中に深く刻まれている。


 青と緑と土色。その三色だけで構成されたような村だった。けれど、その景色が光太は大好きだった。


 光太が住んでいる町は、どちらかというと都会的で町並みもセメントやレンガ作りのものがほとんどだ。


 そんな景色も決して嫌いではなかったが、だからこそおばあちゃんの村は新鮮そのもので、今でも強く記憶に残っている。


 もう、遊びに行けないことなんて頭の外に飛んでいってしまった。今は、おばあちゃんの家でなにをするか、そればかりが頭に浮かぶ。二学期になれば、友達にも自慢できる。


 そうだ。大きいカブトムシやクワガタを取って帰ってきてやろう。ヒロくんは虫が大好きだから、きっと羨ましがるだろうなぁ。


 光太のつまらない夏休みは日を増すにつれて期待が膨らんでいく、風船のような日々へと変わっていった。


 そして、ふわふわとした気持ちのまま迎えた当日。


 無事に休みを取ることができたお父さんの運転で、光太たちはおばあちゃんの田舎へと出発した。

 所要時間は約五時間。


 最初の内は変わっていく風景が楽しくて窓ガラスに顔を近づけるようにして眺めていた光太だったが、高速に入ってからは一向に変わらない景色にうんざりとしていた。


 途中、サービスエリアで買ってもらったソフトクリームで少しだけ元気になったけれど、お父さんの「ようやく半分まで来たな」って言葉でまたうんざりした。


 けれど、高速を降りてからその光景は一変した。


 灰色だらけだった窓からの景色がだんだんと緑色に染まっていく。少しずつ、上から絵の具で塗り潰していくように変わる風景に沈んでいた光太の気分は再び浮上した。


「あれ?」


 じっと流れていく景色を見ていると、巨大な赤い門のようなものが目についた。


「お母さん、あれなに?」


「んー、あら懐かしいわね」


 光太に突かれて窓を眺めるお母さんの目が優しく細まっていく。


「あれはね、鳥居って言うのよ。お家の近くにもあるでしょう?」


「鳥居?」


 そう言われて、もう一度それを見る。それはたしかに家の近所にあるそれと形は酷似していた。

 けれど、ここの鳥居は大きさも雰囲気もぜんぜん違う。


 青と緑だけだったこの場所に突如として現れた赤い門は、くぐってしまったら別の世界に飛んでしまいそうな。そんな異質なもののように感じた。


「んー?」


 そして、そんな異質な門のところにぽつんと。紺色のブレザーを身に纏った少女が立っていた。真っ赤な柱に寄っかかる彼女は、特になにをするでもなく、ぼーっと空を眺めていた。


 いつからいたんだろう。さっき見たときはいなかった気がしたけれど。


 そんな光太の疑問は解消されることなく車はそのまま大鳥居を通り過ぎていく。


「……っ」


 ドキリとした。


 彼女の前を横切る瞬間、空を見上げていた少女が光太に視線を向けた。お互いの視線が重なった瞬間、彼女は光太に向けてたしかに微笑んだ。


 綺麗だな、と思った。


「お母さん。さっきの鳥居に行ってみたい」


「あら、光太もあの神社に興味があるの? それじゃ、明日一緒にあそこまでお散歩に行こっか」


 違う。僕は今すぐにでもあの鳥居に行きたいのに。


 それに神社になんてまったく興味がない。


 そんなものより、光太はあの不思議な少女に惹かれていた。どうしてかはわからない。わからないけれど、彼女に会わないといけないような気がした。


 そんな気持ちとは裏腹に車はどんどんと大鳥居から遠ざかっていく。


 光太は後ろを振り向くことはなかったがゆっくりと朽ちていく真っ赤な柱の前であの少女はいつまでも待っているような気がした。




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