その9 「若さゆえの過ち、認めたくないものですか……」 「え、え、なんのはなし?」 「いえ、前回の……、まぁ、思春期ってことで……」 「だから、なんのはなしッ?」
気が付けば森の奥深く。
つまり、そこは山のふもとだった。
しょうねんは おもいだした!
……ああそうだ、そういえば、確かそんなこと、言ってたっけな。
その山の崖沿いには、外周を覆うようにして、黒い火柱が囲っている。それが結界だ。
少年はすでに結界を越えていた。
そして少年の後ろ、不自然に抉られた崖が、洞窟の入り口になっていた。
その先こそ、勇者少女が言っていた、モンスターの住処に違いない。そこから禍々しい気配が漂っていた。
「あれ? なぜ、余はこの結界とやらを越えられたのだ?」
「…………」
少女は黙ったまま、少年の言葉を聴いている。結界の外で、だ。
「ま・さ・か……?」
不意に、少年の脳裏に衝撃が走った。
「ふ……、ふはははははー! 見たか勇者よ、これぞ正に、余が魔王である証拠ッ!」
どうしてこんなにも簡単なことに気付かなかったのだろう、と。
「当たり前なのだ。余は魔王! 同じ魔族の作り出した結界など、越えられないワケがない!」
「…………」
だが ゆうしゃは ようすを みている!
「くっくっく、どうした勇者よ、さぞ悔しかろう? 所詮、貴様のような脆弱な人間如きが、我ら魔族に敵うはずがないのだ。さぁ、大人しく、これまでの余に対する非礼を詫びるがいい!」
「…………キョロキョロ」
だが ゆうしゃは よそみを している!
「泣いて謝罪すれば、余がこの先の魔物に、話をつけに行ってやらんこともないぞッ?」
「…………あ、ここ、やぶけてますね」
だが ゆうしゃは よそおいを きにしている!
「さんざん人を、冷たい泉に浸しやがって」
「…………見上げるスカイクレイパーもないですしね、こんな森の奥では」
「さぁ、誠意を見せよ! 土下座せよ! はやく菓子折り持って来い!」
「…………う~ん、そろそろあたらしい服、ほしいですねぇ」
「うおおおおおい! 聞いているのかぁッ、勇者よぉッ?」
が、
「……お黙りなさい布切れ小僧」
ゆうしゃの ひとみが あやしくひかる!
「ひぃ……ッ!」
しょうねんは たちすくんだ!
「まったく長いったらありゃしませんね、話が。いくら虚勢を張っても、そんなお子様ボイスでは、威厳も何もありません。そろそろ自覚しては?」
「うぅぅ……そぉだった。余は子供なのだ。なぜ、こんな……」
――おや? またもや振り出しか?
「ですが、これでやっとわかりました」
「え?」
「この結界は邪悪なものではありません!」
「は……ぃ?」
少女は荷物袋から大量の小瓶を取り出し――、
「せい!」
自分の身体に振りかけた!
「ちょ、おまっ、ゆ、勇者よ、なにを……?」
あれは確か、泉で汲んだ“聖なる水”ではないか? 少年が不思議に思いながらも見守っていると、
「せい! せい! せいせぇーいッ!」
どんどん振りかけた! 頭から水を浴びた! 顔に掛かった分はついでに舐め取り飲み込んだ!
「あのぉ~、勇者さんよぉ~い、もしも~し……?」
少女の全身はみるみるずぶ濡れになっていった。そして、二・三歩下がり助走をつけ――、
「やあああああッ!」
そのまま少女が突っ込んで来た!
「ええええーッ?」
思わず少年は身構えた。真っ直ぐこっちへ向かって来る。それは、風を纏い空気を裂いて矢のように鋭い一瞬の閃光だった。少女は黒い火柱に体当たりし、突き抜け、少年の胸に飛び込んだ!
「ちょーーーーぃッ?」
少年の奇声が上がる。その勢いを受け止めきれず、二人は絡み合ったまま、洞窟内部まで転がり込んでいった。
ややあって。
「ぁ痛タタタ……ぁ」
「すみません、ちょっと無茶しすぎましたね」
「もぉ~、どゆことだよ、まったく~……」
「あなたは何度も泉に落ちました。その聖なる水を大量に含んだ、あなたの布……、服が、聖なる衣の代わりを果たしたのです」
「ああ……、だから、余は、結界を越えていたのだな……」
「そうです。知らぬ間に駆け抜けていたのでしょう。あなたのそれに気付き、もしかしたら、私にも出来るかと」
……それで全身に聖水かけて突っ込んだのか。
「ですが、やはり、無茶だったようですね……」
少女の服はところどころ破け、あちこちに血が滲んでいた。
「まったく、バカ者め……、脆弱な人間如きが、無理をするでないわ……!」
「……ふっ」
「ちょ、おぃぃぃッ! なんで笑うかッ?」
「その口調、おやめなさい。お子様ボイスでは、似合わないと言っているでしょう」
「だって……、余は……、魔王なんだもん……!」
「そのほうが似合いますよ、ふふふっ」
「わ、笑うな~~~!」
二人は抱き合ったまま、地べたに這いずり、転げ回っていた。
つづく!