その4 「私はただ、出来ることなら、クラスの中心でみんなに囲まれているあの男子と……」 「え、片想い系の話?」 「一緒にドッカンドッカン笑いを取りたかった……」 「芸人志望ッ?」
ややあって。
泉はそれなりに深く、ずぶ濡れの少年は這いずるように上がって来た。
「ぅひぃぃぃ……ひどい目にあった……。てか、なんで、落としたの……ッ?」
「いや、ですから、ここは回復の泉。その水に浸かれば、あなたの記憶喪失も治るのでは、と」
淡々と告げる、少女だ。
「やり方が安直なんだよぉ……」
未だに四つん這いまま少年が見上げると、じっと彼を見下ろしたままで動かない、その少女と目が合った。
「お、おーい……?」
「………………あぁっ」
……ぽっ。
「なぜ頬を赤らめるのぉッ?」
思わず絶叫の少年だ。
出会ってから常に無表情の印象な彼女だし、その振る舞いも至って冷静(……でも突き落とされたしなぁ、まぁそれはこの際、置いておくとして)なのだが、今はどこか、そわそわと落ち着きのない様子で……、
「なぜでしょう、今のあなたを見ていると、なんと言いますか、こう……ぞくぞくします」
「どゆことーぉッ!?」
「いえ、わかりません」
「てか、急に何言い出すの、このヒト!」
「ですが……、あの……、その……、もう一度、落としてもよろしいですか?」
「イヤだよ! 意味わかんないよッ!」
はじめて感情を露わにしたかと思われたが、淡々とした口調はそのままで、やはり、限りなく無に近い、読めないその表情。しいて言うなら、眠いの? 起きてる? と、確認したくなるほどの、伏し目がち……。
ついにあきれたのか、――というか、付いて行けなくなったのか、
「……つぅか、きみ、勇者なんだよね?」
少年がそう訊くと、
「いいえ、私は勇者などではありません!」
――きっぱり。
「ええええーッ!? ちょ、えっ、えええッ? ……だ、だって、自分で言ってたよね? 勇者って……ッ?」
「いいえ、言っていませんよ。それは、周りの人々が勝手に私のことを、勇者、と呼んでいるだけです。確かにそう、言いましたよね?」
「あれ~~~? そぉだっけ~~~?」
……いやいやいやいや、でもでもぉっ、あんなに凶暴なモンスターを、たった一人で蹴散らすなんて、しかも、女のコだし! それを勇者じゃなくて、なんと言えばいいのか!
少年は起き上がり、少女に言い寄った。
「やっぱり、勇者なんでしょっ?」
「いえ、違います」
「でも、只者じゃないよね?」
「いえ、只者です。私は、ただの、“村の人気者”です」
「えっ、そーゆーこと、自分で言っちゃうのッ?」
……恥ずかしくないのかな、このコ……?
「そして、もうすぐ“町の有名人”です」
「なんだか知名度びみょーッ!」
「目指すは国民的アイドルです」
「それ、なんか、職業違くねッ?」
そこで、少女は、はっと気づいた様子。(あくまで無表情。だが些細な変化を見逃さなかった)
「……私としたことが、ついつい大きく出てしまいました」
「いや、いいんじゃないの? 夢はでっかいほーが、ね」
「そして、いつの日か、――誰よりも早く登校し誰も居ない教室でカーテンに包まりたい!」
「それ、クラスにひとりいるヤツだからーッ!」
しょうねんの さけびが こだまする!
「……はッ! いま、なにか、なんと言いますか、こう……私たちを見守る神々に代弁させられたような、そんな気がします」
「おいおいおいおい、怖いこと言うなよぉ、つぅか、いきなりしょぼくなったし……」
「どうですか? 私は勇者などではないでしょう?」
「なんだそれ? 逆アピール? 負の自己紹介か? いいや、勇者だね、きみは」
と。
「ていっ」
ざっぱーんッ!
「なんで――、また――、落とすの――ッ?」
「そこに泉が湧くからです」
「だから! 意味不明なんだってば!」
少年は再び泉に突き落とされた。
もがく少年を見つめ、少女は言い放った。
「あの、出来るだけ、強い武器をお願いします」
「なんの――、はなし――ッ?」
しょうねんは おもった!
……えっ、っと。……ここ、女神さまとか、出てくる類の泉だったっけ……?
しかし!
しょうねんは およげない!
つづく!