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その1 プロローグ。

 深い森の中だった。

 なぜ自分がそんなところにいるのか、その者には分からなかった。

 気が付いたときには、すでにそこにいたのだ。

 ふと、周りを見渡してみる。

「…………」

 深く、暗い森だ。山林と言ってもいい。頭上を覆い尽くす木々はどれも巨大で背が高く、陽の光を遮っていて、辺りは薄暗い。足元には、むき出しの大きな根。それにまとわりつくように不気味な植物が、そこらじゅうに生い茂っている。

「てか、そんなことよりも……」

 かれは おもった!

 ……え、なに? なんなの? この状況! ここ、どこ? なんで、森? え、つぅか……あれ? ――だれだっけ? だれ……なんだ? わからん! 思い出せない! わからない、わからないよぉ!

「……じ、自分が、何者か……、思い出せぇぇぇぇんッ!」

 と。

 ぎゃぁ! ぎゃぁ! ぎゃーぁ!

 彼の叫びに呼応するかのように一斉に咆哮が上がった。

「ひぃ……ッ!」

 木々の遥か上の方からだ。何か鳥獣らしき鳴き声だとは思うが、いささか尋常ではない。

「うぅぅ、怖いよぉ、なんなんだよぅ、もぉ……」

 このままジッとしていても仕方がないし、何よりも身の危険を察したのか、彼は取り敢えず、歩き始める。相変わらず頭上では、ぎゃぁぎゃぁと不気味な鳴き声が飛び交っていたが。

「……いや、落ち着け。一端、落ち着こう、自分。うん、ありゃきっと、ちょっと個性的で野生的な太めのカラスさん達だ。そうだよ、うん。なにも怖がることなんて、ないじゃないか」

 と、独り言ちしながら、どうにか前に進む彼だった。声に出して言ってないと、不安と恐怖で押しつぶされそうらしい。

「え、いいじゃん? 森、素敵じゃん? ね、目に良いよ、うん。森林、快適じゃん? ほら、あれだよ、立ち込めてる白っぽいこの空気感ってのは、マイナイオなんとかっていうヤツだろ? いいじゃん、いいじゃん、すげぇじゃん。なんつーの、こう……自然な感じで? まぢネイチャーって感じ? もう、ネイチャーをミクスチャーすりゃフューチャーもバッチリってなもんよ! なぁ? だろ、だろぉ? ふははははーっ!」


 だが しかし!

 そのほうこうには だれもいない!


「………………うぉぉぉぉぃ……、なんなんだよぅ、もぉ……こころぼぞいよぉぅ……」

 ぎゃーぁ! ぎゃーぁ! ぎゃーぉぅ!

 心なしか、頭上の鳥獣たちが追って来ているような……、しかも、ちょっと、てか、確実に近づいてきているような気が……。

「ああ、いるね。ひー、ふー……三匹いるね、あれは。絶対こっち、見てるよ、うん――、


A「ちょ、おまッ、先に行けよ、おい。はやくついばめよッ」

B「ええー、なんでオレからなんだよ、おい、オマエ行けよ、見つけたのオマエだろ?」

C「オレ~ぇ? まぢかよ、毒見役~ぅ? おいおい勘弁してくれよ~」

A・B・C「「「……じゃ、せ~の、で、行きますか……?」」」


 ――って話してるに違いないよぉぉぉ……ッ!」


 ぎゃぎゃ! ぎゃぎゃー! ぎゃぎゃぎゃーぉ!

「うっわ! まぢかよッ!」

 なんと、空中で旋回していた三体の影が、再び咆哮しつつ、こちらに急降下してくるではないか!

 慌てて駈け出そうとするが……?

 しかし にげられない!

 彼は木の根に足を取られ、顔面から転んでしまった。

 恐る恐る振り返り、迫りくる奴らの姿を、見る!

「おいおい……こりゃぁ、カラスなんて生易しいもんなんかじゃないぜ……」

 確かに、全身は黒だ。そして大きな翼と鋭い鉤爪もあった。だが、その顔面は赤く、猿のようで、さらに額には角を生やしていた。しかも全体は人の子ぐらいの大きさだった。

「あれは、あれは…………、モンスターだッ!」

 それまでお互いを牽制し合っていたような三体だったが、彼の叫びを合図に一斉に襲い掛かって来た。逃げる隙もない。音も立てず目の前いっぱいに黒一色が広がる!

「うああああ! 助けてぇえええッ!」

 堪らずに悲鳴が上がる。咄嗟に両腕で顔面を防ぎ、せめてもの抵抗を……、


 ――その時、彼の身体を風が吹き抜けた。

 

 正確には、誰かが自分の横を通り過ぎた、だ。

 そして、鈍い衝撃音と、ぎゃぁぉん! という不快な悲鳴。ばさばさばさばさッと幾つかの羽ばたく騒音。

 痛みはひとつも無かった。強張らせていた全身を解き、ぎゅっと閉ざしていたその目を、ゆっくりと開く。

 彼は、見た――。

「なにをしているのです? こんなところにいては、いのちがいくつあっても足りませんよ?」

 彼女が言った。

 剣を構えた、短髪の……少女がそこにいたのだ。

 一体のモンスターが、彼女の足元で悶え、残り二体がそれを取り囲んでいる。

「き……、きみは、……だれ……?」

 戸惑いながらも、彼は訪ねた。

 そして、

「名乗るほどではありません。ただ、人は皆、私のことを、――勇者、と呼びますが」

「ゆうしゃ……」

 彼は、自分が何者であるか、思い出せないでいた。

 ただ、その少女が言った“勇者”という言葉が、とても懐かしく思えた。


 つづく!

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