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死神さん、反省する。


シルヴィアは気付いた時にはベッドの上にいた。

時間は夜になっており、シルヴィアは昼間何をしていたのか思い出そうとするものの、記憶が曖昧なことに気づく。


それでも、昼間浴びた生暖かい血の感覚は、はっきりと残っていた。


「うっ……」

こみ上げる吐き気を押さえ込んで、シルヴィアは早く眠ろうと枕に顔をうずめる。


そうしてシルヴィアが明かりを消し、眠ろうとしてから数時間が経った。

しかし、シルヴィアはまだ眠れないでいた。眠ろうと目を閉じる度に殺した動物の虚ろな目を思い出してしまうのである。


「……あんなこと、しなければよかったです」

シルヴィアがそんな後悔をしていると、階段を上がってくる音が聞こえた。

続いてシルヴィアの耳に何か液体が滴る音が聞こえてくる。

その音はシルヴィアの部屋の扉の前で止まった。


「……お母様?」

シルヴィアが声をかけるが返事はない。かわりに扉がゆっくりと開いていく。

それと同時に濃密な血の臭いが部屋の中に入ってきた。


「……っ!?」

シルヴィアは咄嗟にベッドの下に潜り込み扉の方を窺う。

そこでは首のない小動物が何匹か体を引きずりながら動いていた。


「しルヴぃあーどコー?」

血を滴らせながら、どこからか声を発してシルヴィアを呼ぶ。


「な、なんで……そんな、嘘……です」

シルヴィアの鼓動が速くなる。

顔の存在しない動物達は周りを見渡しているかの様に、真っ直ぐベッドに向かってきた。


シルヴィアは目を固く閉じただ震えていた。

シルヴィアはどうか気づきませんようにと、目を閉じて祈るしかない。

そんなシルヴィアの願いが届いたのか、動物達はシルヴィアには気づかず、やがて扉の閉まる音がする。


「よ、よかったです……」

シルヴィアがベッドの下から這い出る。

そのシルヴィアの首筋に一滴、ぽたりと雫が落ちた。


「ひぅっ!な、なに……」

シルヴィアが首に手をやると、ぬるりとした感触があった。

シルヴィアに悪寒が走る。あの時の血飛沫と同じ感触。シルヴィアは油の切れた機械の様に、ぎこちない動きで上を見る。


ベッドの上からどろりとした血を流し、虚ろな目でシルヴィアを見る動物の頭と目が合った。


「みーツけター」


「きゃあああああああああ!!」

シルヴィアが叫んで尻餅をつく。

足はガクガクと震えて、立つことすらできない。


「ミんなのイのチ、かエして?」

べちゃりと音を立てて、床に落ちた頭が潰れる。目玉が溢れてシルヴィアの方に転がった。


「ごめんなさいっ!そんなつもりで……返す方法なんて、分からないです……」

俯いたままぼそぼそとこぼすシルヴィアはもう完全に怯えていた。


「じゃア、かわリにソノいのチ……ちょウだイ」

そう言うとベッドの上からさらに頭がべちゃりと落ちてくる。


「ひっ、やめ……っ」

シルヴィアは床を這って逃げ出す。顔は青褪めて、目には涙が浮かんでいる。

扉に向かって、逃げ出したその足に動物が噛み付いて、しがみつく。


「やだっ……待って、ごめんなさい!」

しがみついているのは頭だけだが、足はひどく重くなって、シルヴィアはもう前に進むこともできなくなってどんどんとベッドの方に引きずられる。

じくじくと痛む足がシルヴィアの思考を乱していく。


「まって、まってぇ……ごめんなさいっ……やだ、誰か、助けて!」

シルヴィアの抵抗も意味をなさず、ついにベッドの上へと引きずり上げられた。

シルヴィアは仰向けにベッドに寝かされ押さえつけられ、手足を動かすこともできない。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ……ゆるしてくださいっ……」

シルヴィアの顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまっている。涙で滲んだ視界には、いつの間にか現れた、ギロチンがゆっくりと引き上げられるのが見えた。

あれが落ちれば間違いなく命はないだろう。


「くビをきりおトしてあゲル」


「まって!まってください!や、だ……っ」

シルヴィアが助けを求めるが、誰一人やってこない。


「じゃア、さよナら」


「謝ります……っ!だから!あっ……」

しかし、シルヴィアの声も届かず、ギロチンが落とされた。


押しつぶすようにして首が落とされる感覚を最後に、シルヴィアの意識は闇に落ちたのだった。


「いやああああっ!……あ、あれ?」

シルヴィアが恐怖で跳ね上がるとそこは元のベッドの上だった。

動物もいない、もちろんギロチンもない。あるのは汗でじっとりと濡れたパジャマと、涙でびしょびしょになった枕だけである。


「………夢?…なんだ夢だったんですか…

…うぅ、怖い夢で泣くなんて思わなかったです」

体に心が引っ張られていると、シルヴィアは目元を擦りながら考える。

シルヴィアは窓の外を見る。まだ真っ暗だ。


「飲み物を取りにいきましょうか。喉が渇きました」

シルヴィアが扉を開けて外へ出て一階に飲み物を取りに行き、またすぐに部屋に戻ってくる。


「あれ?扉が開かないですね……どうしてでしょう?」


「ナんでダロうね?」


「えっ……」

シルヴィアが目を見開く。そこには、血を流しじっとこっちを見る猫の頭があった。


「ど、どうして!?ゆ、夢だったんじゃないんですか!?」


「みんナー、つギこそつかマえるよー」

上がってきた階段からいくつもの首なしの死体が這い上がってくる。


「こ、このっ!!」

シルヴィアは魔法で目の前に土壁を作り、死体とシルヴィアを隔離する。


「魔法が使えれば、どうってことないです。さっきはちょっと焦りましたが大丈夫です」

シルヴィアが安心していると土壁にヒビが入り始める。

追い詰められれば謝るものの、すぐに元通りになるのはシルヴィアの悪いところだった。


「えっ?」

土壁はあっという間に崩れて、死体が続々と出てきた。


「と、とりあえず逃げましょう」

シルヴィアが廊下の奥へと走る。突き当たりはアリアの部屋だ。

しかしいつまで走っても、シルヴィアはアリアの部屋に辿り着けないでいた。

まるで、廊下が伸びているかのようである。


「つ、疲れてきました。早くこの夢、はぁ……っ、覚めて欲しいです……っ」

シルヴィアが走るペースを落とす。その時死体の爪がシルヴィアの足を引っ掻いた。


「痛っ!……夢?、どっち……っ?」

シルヴィアの顔から余裕が消える。

今の所夢か現実か、それがよく分からないままである。

捕まった時どうなるかは分からない。


「に、逃げないとっ」

シルヴィアが再び走り出すが、体はまだ五歳である。

体力もなく、すぐに息が切れてしまう。


「はあ……はあ、もう、走れないです……」

足を止めたシルヴィアの体に死体が群がって傷をつけていく。


「い、痛い!ごめんなさい……やめ、てっ……」

謝っているうちにシルヴィアの意識は消えていった。




「ん……ここは?廊下?」

シルヴィアが意識を取り戻すと、そこは階段を上ってすぐの場所だった。


「結局さっきのは夢?うぅ?分からなくなってきました……まぁ、いいです。今度こそ寝ます。動物のことはいったん忘れましょう……忘れないと……」

シルヴィアが扉を開けようとするが、扉は方か閉ざされて開かない。


「またですか?」

シルヴィアが周りを確認すると、先程と同じように動物の死体が近づいてきていた。


「捕まったら、痛いし、逃げましょうか」

シルヴィアはしばらく逃げ、そして疲れて捕まる。


「痛い、ですが。まあ、また意識が消えるまでの間の我慢です」

シルヴィアは軽い気持ちで捕まった。

きっとすぐに終わると。




「い、たい…も、もうやめて。ごめんなさい私が、悪かったです、だから……」

かれこれ二、三時間。シルヴィアは体を引き裂かれ、噛みつかれしている。

シルヴィアは自分の考えの浅はかさを後悔するとともに謝罪を続けていた。


動物達が時折話す、シルヴィアに対する恨みの言葉がシルヴィアにそうさせていたのである。

同じ痛みを、同じ苦しみを、シルヴィアにはそれが強烈に伝わってきていた。


「ごめんなさい……」

シルヴィアは涙を流して謝罪を続ける。

もう、夢だろうと、現実だろうと関係なかった。自分が悪いことをした。それだけを考えていたのである。


壊れたように反省の言葉を続けるシルヴィアは、もう何も考えられていない。

いつまでこうしていたかは分からないが、シルヴィアの意識は闇に落ちようとしていた。


「シるヴィあのいのチだけでは……たリない、もうひとリいるニんげんをコろそウ」

この家にいるのは今はシルヴィアとアリアだけである。

もう一人が誰かは明白だった。


「え……ま、まって……」

シルヴィアが何か話す前に、意識は落ちた。



今回もまた


「行かないと……お母様の部屋に……」

シルヴィアは廊下で目を覚ますと、すぐにアリアの部屋へと向かった。

体の傷もなくなっている。

今回は特に何も起こらずにすぐに辿り着くことができた。

アリアの部屋の扉はいくつもの引っ掻き傷がついていて隙間から血が流れていた。


「お、お母様……?」

シルヴィアは震える手で扉を開ける。

扉を開けてすぐに見えたのは腹部から大量の血を流し、壁にもたれかかっているアリアだった。


「あ……うぁ……え」

言葉にならない声を上げるシルヴィアの心は後悔でいっぱいになった。

五年という時間、愛情を注ぎ続けてくれたアリアはシルヴィアが思っているよりももっと大きな存在だったのである。


シルヴィアは力が抜けてぺたっと地面に座り込んでしまう。

ぐらぐらと揺れる視界に映るアリアは消えずにそこにいるままだった。


「わ、私のせいで……あの時殺さなければ……」

シルヴィアが俯きうわごとの様に呟く。


「シルヴィア、あなたがやったのね」


「はい……ごめんなさい……えっ?」

シルヴィアが目線を上げると、アリアが立っていた。血も何も流れていない、普段通りの姿である。


「な、なんで?だってさっきは……」


「あれが私の魔法よ。幻覚を見せる魔法」

アリアがそういったところでシルヴィアは昼間の出来事をはっきりと思い出した。

そして、やましいことがあると言わんばかりに目をそらしながら話す。


「そ、そうだったんですか……驚きました」


「ねえシルヴィア、あなたが動物達を殺したのね」


「………はい」

ほんの数分前、アリアの目の前で殺したことを自分から話しているのだ。シルヴィアももう誤魔化しが効かないことは分かっていた。


「まぁ、何かを殺すことは別にいいわ。いずれやることが早まっただけだから」


「え?」


「魔物にいつ襲われるかわからないしね。できるだけそういうことにためらいを持っていないほうがいいの」


「そう……なんですか」


「でもね。あんなことはしたら駄目。嘘までついてただ殺したことを隠すなんて駄目よ。分かるわよね無抵抗なものをあんな風に殺したことがどういうことか」


「は、はい……」


「もし、もう一度そんなことをするようなら。お仕置きじゃ済まないわ。まさか、もっと前にもしていたりしないわよね?」

すっと、今回のことを問い詰められた時と同じような目が向けられる。

シルヴィアは無意識にきゅっとパジャマの裾を掴んで、ふるふると首を横に振りしていないことを伝えた。


「なら、いいわ。隠し事はしないこと。それが悪いことなら尚更ね」

アリアは朝ごはんにしましょうと言って一回へと降りていった。

残されたシルヴィアはほっと息を吐いた。


「も、もし死神の頃のことがばれたら……頭がとろけるまで怒られます……こ、これだけは隠しておかないと」

シルヴィアは、元死神だろうが関係なくお仕置きを実行するだろうと思ったのである。


「い、急いで降りましょう……怒らせると怖いとかそういう次元じゃないです……」

シルヴィアはアリアの後を追って一階へと下りたのだった。



そして、その夜。


「おやすみなさい」

シルヴィアが明かりを消す。

その瞬間。体は震え始め、自然と目には涙が溜まり、凄まじい不安に襲われた。


「ま、魔灯、魔灯をっ!」

魔灯とは魔力を注ぐことで光を出す魔道具である。シルヴィアの部屋にもあるなかなか高い代物である。

シルヴィアが魔力を流しこみ明るくなると体の震えは止まった。


「なんだったんでしょうか……今のは?とりあえず……」

シルヴィアが死神の目で体を見つめる。

すると三つの黒い文字が浮き上がってきた。

それは、暗闇と幽霊と殺害である。


シルヴィアはそれが今の自分にできなくなったこと、耐えられなくなったものであることが理解できた。


「お母様……やり過ぎです……ど、どうしましょう?……とりあえず、このまま今日は寝るしかないですね」

シルヴィアは暗闇を避けるために魔灯を点けたまま眠ったのだった。




数週間後


台所に皿の割れる音が鳴り響く。

シルヴィアが注意されたのにも関わらず皿洗いを水魔法と風魔法で行ったからである。

ちょっとコントロールをミスしたことで、アリアのお気に入りの皿を割ってしまった。


「うっ……怒られる前に土魔法でお皿を直してしまいましょう、そうすれば問題ないです」

シルヴィアが証拠隠滅のため土魔法を発動させようと魔力を練り始めたその時。


「何をしているの?シルヴィア」

すぐ後ろからアリアの声が聞こえた。

シルヴィアは振り返ることができない。

アリアはきっと笑顔だろう。しかし、目は笑っていないだろう。

だから、シルヴィアは咄嗟に言ってしまった。


「えっと、その……違うんです」


「そう。違うのね?」


「えっ⁉︎あっ、いや違わなくて…」

シルヴィアが慌てて言い直すがもう遅い。


「シルヴィアは、そんなに倉庫に入りたいのね」

アリアが笑顔でそう言ってシルヴィアを抱える。逃げることはできないだろう。


「い、嫌……っ」

真っ暗な倉庫が近づいてくる。


「うあぁ……」

喉元過ぎれば熱さを忘れる。

後悔先に立たず。

口は災いの元。

シルヴィアの第一声が言い訳でなくなるのはもう少し先の話。





「ごめんなさい!ゆるして!出して!」

シルヴィアは見た目通りの五歳児らしく泣き叫んだのだった。


そろそろ百合の第一歩。

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[気になる点] 扉は方か閉ざされて開かない。 ↓ 扉は固く閉ざされて開かない。
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