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死神さん、嘘を吐く。

魔法の練習をして、たまには外へ連れて行ってもらって。

そうしてのんびりと月日は過ぎ、シルヴィアは二歳になった。

時間は夜、シルヴィアはいつものように窓から見える月を眺める。


「はぁ……綺麗です」

シルヴィアにとって夜は最も好きな時間だった。それは死神時代から変わらない。

シルヴィアは静かな時間とそれなりの暗さが好きだった。

できることならずっと月を見ていたいと、そう思うほどである。


しかし、体はまだまだ夜更かしには耐えられない。

シルヴィアは大きなあくびをして目元をこする。


「ふぁ……もう眠くなってきました。二歳の体じゃ駄目ですね」

欲求に従って、シルヴィアはごそごそとベッドに潜り込み眠りにつく。


「おやすみなさい…」


翌朝、シルヴィアは起こされることなく自分で起きた。

シルヴィアは眠そうに階段を降りると、一階で朝食を食べ、そしてすぐに部屋へ帰って魔導書を読み漁り魔法の練習を始める。


「ふぅ……よし」

赤く染まった瞳はシルヴィアの周りに漂うオーラを可視化する。

一年前、部屋に魔導書を持ち込んだ時と比べればオーラの輝きは綺麗になり、また土魔法や風魔法を示す色も増えた。


「お母様と比べるとまだまだですけど、まあまあです」

シルヴィアは本をベッドの下にしまうとまた眠りについた。


夜の方が、こそこそと何かをするのに向いているのが一つ目の理由である。

そして、もう一つの理由は夜の月を少しでも長く眺めていたいからだった。


「この体では……動ける時間が短いです……」

こうしてシルヴィアの一日が過ぎていく。

三歳になってからは礼儀作法や計算をある程度学ぶことになった。

意識が引き継がれたシルヴィアからすれば簡単過ぎて眠くなるようなものでたる。


だが体はまだまだ精神に追いついていない。

そして、そんなある日。

シルヴィアは疲れが溜まって魔導書を出したまま眠ってしまったのだった。


「シルヴィア、起きなさい」

そんな声がかかりシルヴィアの意識が徐々に覚醒していく。


「ふぁ……どうしたんですかお母様」

それでも、未だ微睡みの中にいるシルヴィアはどこか眠そうに返事をする。


「この本は?」

その言葉でシルヴィアの意識が一気に覚醒する。

先程までの眠気は吹き飛び嫌な汗が出てくる。


「えっと、その……」

何か言い訳をと、シルヴィアは思考を回すが何一つとして思い浮かばない。

シルヴィアはこの問い詰められる時間が元々苦手だった。


「勝手に持ち出したのね」


「……はい」

シルヴィアはお母様も怒るのだろうか、どうだろうかと、まだ見たこともない怒り顔を少し不安そうに想像する。

シルヴィアはここまで随分と愛情を注がれたため、心の奥の方で嫌われたくないと思ってしまっていたのである。


「もう……言ってくれれば教えてあげたのにこう見えても私、魔法は得意なのよ」

シルヴィアは死神の目で見たものから魔法に関してはそうだろうと思っていたが、怒らないことは予想外だった。


「……怒らないんですか?」


「え?もちろんよ、私だって五歳ぐらいには魔導書を読んでいたし……シルヴィアは私よりも早く興味を持ったみたいだし、いくつか魔法を覚えてたりもするんじゃないかしら?」


「えっと、火と水と風と土、あとは身体能力の強化?です」

シルヴィアは隠すこともないと、覚えている魔法について答える。

それを聞いたアリアは嬉しそうな顔をした。


「そんなに!ふふっ、シルヴィアは私よりもきっと優秀よ。嬉しいわ」


「そ、そうですか?」


「ええ、でも借りるのなら借りるってちゃんと言ってね。私、誤魔化しや嘘を吐くのは嫌いなの。絶対だめよ?」

アリアが真剣な顔でシルヴィアを見つめる。

シルヴィアはよくある約束だと、頷きながら答える。


「はい、分かりました」


「よろしい!それじゃあ、これからは私も魔法を教えてあげるわ」

アリアに教えてもらうことでシルヴィアの魔法はさらに上達した。


大切なものはイメージであり、どういう現象を起こしたいかを考えて、魔力を動かすのだとアリアは教えたのである。

死神の目でオーラのように魔力を見ることができるシルヴィアにとって、イメージすることは簡単なことだった。


この年齢で考えると、右に出るものはそうそういないだろう。


シルヴィアは毎日、魔法を次から次へと覚えていく。それは誰から見ても天才と呼べるような速度だった。



アリアが協力してくれたことによって、本格的に魔法を覚える日々が続き、そうしてシルヴィアは五歳になった。

そんなシルヴィアはアリアからの勧めで来年からは学園に通うこととなる。

そして、今は基本的な勉強と礼儀作法を中心に教わっていた。


「シルヴィアは賢いわねー、これなら学園でも大丈夫そうね」


「ありがとうございます。お母様」

いつも通りの褒め言葉を聞いて、シルヴィアは笑顔を見せる。


「じゃあ、今日はここまでにしましょう」

アリアが切り上げたところで、シルヴィアは少し考えてから言葉を発した。


「ちょっと外に出てもいいですか?」


「ん?いいわよ。気をつけてね。私はシルヴィアの部屋の掃除をするから、何かあったら呼んでね」


「はい」

シルヴィアは笑顔で返事をすると庭へと出る。

自分一人で外に出られるようになったのはここ最近で、それからは頻繁に外に出ていた。


その理由は一つだけだった。

シルヴィアの無邪気な笑顔は、次第に悪い笑みに変わっていく。


「そろそろ……魂が見たいです」

死神時代にしていた魂の鑑賞、罰を受けてなおシルヴィアは止められなかったのである。自由に動けるようになった今、見つからない場所で魂を刈り取ることができる生きものを探しに行ったのだ。


「どこかに手頃な生物は……いました」

シルヴィアの目線の先には小動物が何匹もいる。

シルヴィアは風魔法で小動物を捕らえて、自分の目の前でまとめる。死神の時にも何度もやってきたこと、命を奪うことに躊躇いなどなかった。


「じゃあばいばい」

シルヴィアが風で鎌を作ってぱっと振り抜く。


これで魂を見ることができる。

そう思っていたシルヴィアの視界を血飛沫が埋めた。


「えっ?」

生温い血液がシルヴィアの顔にかかる。

間抜けな声をあげたシルヴィアの視界には、切り落とされ転がった小動物の頭部が見えていた。

そのどれもが光の無い虚ろな目でシルヴィアを見ていた。


シルヴィアの体はすっと冷えて、高揚感は吹き飛んだ。

そして、そのまま足に力が入らなくなってぺたっと地面に座り込んでしまう。


「え、な、何で。そんなつもりじゃ……」

シルヴィアの身体は生ぬるい返り血でベトベトになっている。ぬるりとした感触を感じてシルヴィアの口に胃酸がこみ上げる。

死神の力なしで、シルヴィアに与えられるものは魂ではなく血だった。


死神の時とは全く違った結果。

綺麗さなどどこにもないその結果は、シルヴィアの本質が人である証だった。

シルヴィアが本当に何かを殺すのはこれが始めてだと言ってもいいだろう。


今までのそれは殺したという実感があまりに薄かったのである。


「ち、違う。わ、悪くない、です……」

現実逃避を始めたシルヴィアを引き戻したのは、少し遠くから響くアリアの声だった。


「シルヴィアー?あんまり奥まで行っちゃ駄目よー!」

その声は庭の方から聞こえているが、いつシルヴィアの元に来るかは分からない。


「か、隠さないと……」

シルヴィアは死体を草むらに押しやると水と風の魔法で返り血などを跡形もなく消し、庭へと戻った。


「あら、戻って来たのね。二階の窓から森に入るシルヴィアが見えたから、降りて来たのよ」


「ご、ごめんなさい。心配をかけました」


「いいわよ。……シルヴィア、少し顔色が悪いわ。大丈夫?」


「は、はい!大丈夫です」


「そう?それならいいけど…じゃあ、ご飯にしましょう」


「分かりました」

シルヴィアは何度か森の方を振り返りながら、アリアの後ろを歩いて食卓まで向かった。


「今日はシルヴィアの好物を作ったの。たくさん食べてね」


「は、はい」

返事とは裏腹にシルヴィアはほとんど食べていない。脳裏をよぎる虚ろな瞳と、まだ思い出せる血の暖かさのせいで食欲など湧かないのである。


「どうしたの?やっぱり、具合悪い?」


「い、いえ、そう言うわけでは……ないですけど……」


「……ねぇシルヴィア。さっき森で何をしてたの?」

シルヴィアの体がビクッと反応する。

俯きながら発動した死神の目には、食卓いっぱいに広がる濁った黒い魔力が映った。


死神時代の最期に体感した、問い詰められるプレッシャー、それを遥かに上回るそれに汗が流れる。

膝に手を置いて、目を元に戻し恐る恐る前を向くと、にっこりと笑顔を向けるアリアがいた。


「と、特に何も……」


「本当?じゃあ、私が今から見て来てもいいかしら?……外を」


「えっ……」


「何をしたか言えない?正直に話してくれないかしら?」

シルヴィアは全てを見透かされているような感覚を覚えるものの、それでも本当のことは言えなかった。


もしも。もしも、シルヴィアが本当にこの歳の子どもなら話していたかもしれない。

だが、シルヴィアにそれはできなかった。


「いいですけど……」


「じゃあ、行って来るわね」

静かな部屋の中で落ち着かないようにシルヴィアがアリアの出て行った先を見つめる。


そして、しばらくしてアリアが帰ってきた。


「草むらに動物の死体があったわ」

シルヴィアの心臓の鼓動が速くなる。

まさに最も聞きたくない言葉だったからだ。

見つからなければなどという甘い幻想は一瞬にして消えてしまった。

少しの間の沈黙が流れる。シルヴィアが本当の事を話そうと口を開こうとする。


それをアリアが遮った。


「あれを見たから、気分が悪くなったんでしょ?」


「えっ……?」


「え?違う?」


「あ、そ、そうです。始めてあんなのを見たので……びっくりして」


「……そうね、もう休みなさい。動物達も埋めておいてあげたわ」


「えっと、それじゃあ。おやすみなさい」


「えぇ、おやすみ。……いい夢が見られるといいわね……ねえ嘘つきさん?」

死神の目を使うまでもなく、はっきりと魔法がシルヴィアに向けられる。


「えっ……あっ……」

シルヴィアの体は驚きで固まってしまい、そのままアリアから放たれた黒い塊がシルヴィアを包み込む。


「お仕置きよ。当然よね?ええ」

その言葉を聞きながらシルヴィアの意識はすとんと落ちてそのまま眠りについた。


「本当のことをシルヴィアから言ってくれると良かったんだけど。……誤魔化し通すつもりなのかしら」

アリアはシルヴィアがやったことなど分かっていたのである。

シルヴィアから話をしてくれることを望んでいた訳だが、そうはいかなかった。


「嘘つきなシルヴィアには優しくお仕置きをしてあげなくちゃね」

いつも優しいアリアにあった真っ黒い闇の表すものなどシルヴィアは知らないのである。


「ええ、いい夢が見られるわ、きっと。そうね、シルヴィアがしたことなんてどうかしら?」

そう言うアリアはいつも通りの笑顔を眠るシルヴィアに向けていた。

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