死神さん、魔法に触れる。
そうして産まれてから半年ほどが過ぎ、少しはしっかりとしてきた意識の中、シルヴィアはまさか産まれるところからスタートするとは思わなかったと一人考えていた。
シルヴィアは自分の身体のまま下界に落とされると思っていたからである。
意識は以前のままなため、まだまだ不自由に思うことはあるものの、シルヴィアはそれなりに過ごせていた。
そんなシルヴィアが閉じていた目をすうっと開くと、その黒の瞳が一瞬の後、パッと赤く染まる。
「死神の目もそのままですし、イムル様の考えてることはよく分からないです」
そう言うとシルヴィアはじっと目を凝らす。
ベッドに横たわる体からふわっと赤いオーラが立ち上り、ゆっくりと文字を形作る。
死神の目があればオーラの色や形、量で相手の能力のおおよそを把握することができる。
また、相手の名前なども読み取ることができるのである。
シルヴィア・リートルート、それは残された死神としての能力が教えてくれた今のシルヴィアの名前だった。
同じ名前だったのはイムルの配慮なのだろうとシルヴィアは推測する。
「名前が同じだったのは楽でよかったです。変にボロを出さずに済みます」
その時シルヴィアの耳に階段を上ってくる音が届く。
「お母様ですかね?、まだまともに話せる年齢じゃないですし、じっとしてましょう」
シルヴィアがおとなしくベッドに横になっていると、部屋のドアがゆっくりと開いて母親が入ってきた。
母親は長い黒髪を揺らしながら嬉しそうにシルヴィアの方へと近づいてくる。
「おはようシルヴィア、って言っても分からないわよね、ご飯の時間よー」
その言葉を聞いて、シルヴィアは心の中で嫌そうに顔をしかめた。
もう既に明確な意識があるシルヴィアにとって、自分の世話を他人にされるのは、逃げ出したくなるような恥ずかしさを感じるのである。
早く時間が過ぎないか、そんなことを思いながら、シルヴィアは今の状況を受け入れるしかなかった。
そんなシルヴィアは、いつものことというように母親が部屋から出て行こうと背を向けた時に、赤く染まった目を向ける。
体の周りを覆う様々な色のオーラが可視化され、アリア・リートルートという名前が形作られる。
青や赤、緑など鮮やかな色が次々と煌めくその奥には、いつもと変わらないどこまでも濁った黒が見えた。
全てを飲み込むような、深い深い黒。
それは先程までのアリアの笑顔とは真逆の印象をシルヴィアに与えていた。
母親、アリアが出ていき階段を下りる音が止んだ瞬間シルヴィアが大きく息を吐く。
「相変わらず……ゾッとします。優しいお母様……のはずなんですけど。んー……人っていうのはよく分からないです」
特に何かが起こる訳でもなく、時間はどんどんと過ぎていく。
シルヴィアにとっては罰とされる時間なのだが、これくらいなら楽なものだと、帰ることができるその日をゆっくり待っていた。
シルヴィアは死神として働いていた世界と同じ世界に生まれたので、知識を新たに得る必要もなく、楽な生活だと言える。
そんなシルヴィアは毎日毎日ベッドの上でおとなしく過ごし、時折窓の外に見える小鳥や近くの本などを死神の目で見たりして時間を潰していたのだった。
「退屈です。やっぱりすることがないのは……」
シルヴィアはぎゅっと拳を握りしめ、それをぱっと開く。
シルヴィア自身、少しずつ上手く力が入るようになってきていることは感じていた。
「そろそろ、動き回れるようになりそうです。部屋の外には何かあるといいですけど」
誕生一年後
「そろそろ隠れて出て行ってもいいですよね……というかこの部屋で過ごすのに飽きました。上手く戻れば大丈夫、です」
シルヴィアが生まれて一年。
この間、何度かは外の景色を見せて貰ったりもしている。しかし、そのことが余計にシルヴィアを駆り立てた。
シルヴィアは暇で暇で仕方がなかったのである。
「いざ、部屋から出る時です」
シルヴィアがこそこそとベッドから出て、扉へ向かう。背伸びをして扉を開けると、鍵のかかっていない扉はゆっくりと開く。
シルヴィアはそっと顔を出して誰もいないことを確認した。
「外もいいですが……お母様の魔導書が一冊欲しいです。確かこっちのはず……」
シルヴィアはゆっくりと書斎に向かった。
ここも鍵はかかっていなかったため、シルヴィアはそっと中に忍び込んだ。
「相変わらず……すごい部屋です。色々と」
書斎の中は様々な種類の本で溢れかえっていた。本棚も埋まりきっており、床や机にも本が積み上がっている。
目的の本を探すのも一苦労である。
「えっと……これも違います、これも……うーん…ん!ありました!」
魔法入門と書かれた本。
シルヴィアはそれを抱えて扉の前まで行き、一旦本を置いて扉を開ける。
「見つかる前に……」
こうしてシルヴィアは急いで自分の部屋へと戻ったのだった。
「とりあえず、水魔法でも覚えるとします。火魔法や風魔法は危ないですし」
シルヴィアはささっと水魔法についてを覚える。死神の頃の記憶と、その特殊な目が魔法の習得を容易にしたのである。
死神の目で見ていると、赤かったオーラは薄い青へと変化していき、シルヴィアにはこれが水魔法の待機段階だと理解できた。
「ふんふん、あとはこれをまとめて……はいできました。簡単ですけど……死神の力とはまた違う感じです」
ただ、とシルヴィアは自分のオーラを確認する。
その青はアリアのそれと比べて随分薄いものであることは間違いなかった。
シルヴィアは少し目を細める。
「……お母様も人です。元死神ならまあそのうち追い越せます……多分、きっと、です」
シルヴィアは続けて魔法を習得しようとページをめくった。
そうして、ある程度経ったところでシルヴィアは本を閉じ、枕の下に本を隠す。
「土魔法は習得、後は火と風ですが…安全を確保できるようになってからにします。多分もう火は使えると思いますけど……燃やすわけにもいかないですし」
シルヴィアは自分を纏っていたオーラの元の色を思い出しながら一人思考をまとめる。
そうして、ようやく一つ暇つぶしを見つけたシルヴィアは、またいつものようにゆっくりと眠りについたのである。