死神さん、人になる。
百合のために戻ってきました。
また、それなりに読みやすくなっていれば幸いです。
見返してもかなり好き嫌いの出る話ではあると思いますが、ひっそりと書いていきます。
草木も眠る丑三つ時。
町から光は消え、人々も眠りにつく。
そんな中、一つの人影が動いていた。
その人影は奇妙なことに空を飛んでおり、さらには手に大鎌を持っている。
大鎌は月明かりを反射して鈍く光っていた。
真っ黒なローブ、そのフードが風で時折外れるたびこれもまた真っ黒な長い髪が見える。
そして、吹きつける強風がそのフードを外してしまった。
風になびく黒髪に、赤い両目。
空を飛んでいたのは十五歳ほどのみための少女だった。
そして、空を飛びつつ紅い両目で眼下の森を見渡すこの少女。
死神である。
「今日も一日疲れました……」
そういって少女が空中で伸びをする。
死神である彼女は肉体的疲労が存在しないようにできているため、体を休める必要はないが、心は疲れるものである。
「こういう時は……あれに限ります」
少女はそう言うといかにも悪いことを考えているような笑みを浮かべる。
少女は眼下に広がる森をキョロキョロと見渡すと、すうっと地面まで降り、自分の背丈程の鎌を振るった。
それは不思議なことに草木や樹木をするりとすり抜けて振り抜かれる。
それと同時にいくつもの青白い魂が浮き上がってきた。
「おー、大量です」
基本、死神は生物を無闇に殺しはしない。
死を見届け、送ることが仕事である。
しかし、ごく稀にこの少女のような殺しを好き好む死神が生まれる。
そもそも、多くの死神は心を持たない。
心を持った者はより強く、しかしより道を外れやすくなるのである。
もちろん少女のこの行為が発覚すれば相応の罰を受ける。
少女はそれを分かった上でやっていた。
「うーん……快感です。神様はいつも奥で引きこもってますし、バレなきゃいいんです」
少女はくすくすと笑って青白い魂をポケットにしまい込むと、魂の抜けた死体を手慣れた手つきで片付けて、空を飛び天へと帰っていく。
少女が飛び去っていくその姿を、赤い目をした小さな鼠が草むらからじっと見ていた。
そう。往々にして、秘密というものは突然に発覚するものなのである。
「はぁ……ただいまです」
少女が自宅の玄関の扉を開けて呟く。
もっとも、返してくれる相手はこの家にはいないのだが。
大鎌を乱暴にソファに投げ捨て、ローブを脱ぎ捨てると、少女は椅子に体を投げ出した。
少女はポケットから先程の魂を取り出し、眺める。
「はぁ……綺麗です」
「えぇ、綺麗ね」
背後から女性の優しい声ががかかる。
同時に、少女の体が驚きで跳ね上がる。
そして、少女は椅子を跳ねのけて、振り返ることもなくそのまま全力で玄関へと逃走を開始した。
「ちょっと、逃げちゃ駄目よ」
逃げ出した少女の両手足に紫色の鎖が巻きついて縛り上げる。
鎖はギリギリと少女を締め付けて、少女は動けなくなった。
「ど、どうしたんです。イムル様、急に」
イムル様と呼ばれたこの女性。死神を統べる死の神である。
死神とは似ているが別物である。死神の上司のようなものと言える。
「特に理由なんて無いの。そんなことより、シルヴィア?さっきの魂、どうしたの?」
少女、シルヴィアの背に冷や汗が流れる。
絶対に知られてはいけない真実を隠すために、シルヴィアは咄嗟に嘘をついた。
「え、えっと、それはですね。さっき迷っていた所を保護したんです」
すうっと目線を逸らしながらありきたりな言い訳を述べる。
「本当?」
「は、はい」
「本当にそう?」
「そうです」
イムルが大きく溜息を吐く。
俯くシルヴィアはイムルが残念そうな目をしていることに気づかなかった。
「この映像を見てくれる?」
「は、はいもちろんです」
イムルが映像を壁に映し出す。
そこには、先程のシルヴィアが映っていた。
シルヴィアの顔がサッと青くなった。
『うーん……快感です。神様はいつも奥で引きこもってますし、バレなきゃいいんです』
シルヴィアが冷や汗を流す中、短い映像はパッと消える。
「これについて、どう思う?」
イムルがシルヴィアに問いかける。
シルヴィアは何一つ言い訳ができないまま黙って震えるだけになってしまった。
明確な証拠を突きつけられてしまってはもうどうしようもないのである。
「シルヴィア、あなたには罰を受けてもらうわ」
シルヴィアの肩がビクリと震える。
命を奪った代償は、何千年もの拘束または。存在の消滅。
シルヴィアにもそんなことは分かっていた。
「あなたへの罰は…」
シルヴィアが恐る恐るイムルを見る。
「下界への追放にするわ」
「へ?」
シルヴィアが拍子抜けしたようにそんな声をもらす。
シルヴィアの顔には、本当にその程度でいいのかという表情が浮かんでいた。
「何?もっと重い罰にしようかしら?」
「充分、充分です!」
慌ててシルヴィアが返す。
「じゃあ、詳しく言うわね、あなたは人間として死ぬまで下界で生きてもらうわ、寿命がきたらここに戻ってくる」
「寿命は、どれ位なんですか?」
「きっかり100年よ」
これを聞いた時シルヴィアは内心歓喜していた。死ぬかもしれないと思っていたのだから当然である。
しばらくの間黒い光がシルヴィアを包み込む。そして準備が完了し、イムルはシルヴィアの鎖を解いた。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「はい」
シルヴィアの姿が消える。下界へと向かったのである。
それと同時にイムルの肩に座っていた小さな妖精が声をかけた。
「イムル様、少し甘過ぎるのでは?」
「そうね、でもシルヴィアは新人ながら、最も魂の回収率が良かったわ、あの行為を除いてもね。だから消しちゃうのももったいないと思って。それに私のお気に入りだしね。大丈夫よ、きっといい子になって帰ってくるわ」
「だといいですけど……」
「こっちからは、シルヴィアのことも見えるし駄目なら……消しましょう。そろそろ準備しておいた場所に着くかしら」
シルヴィアを消すとそう言ったイムルの表情は。凄く悲しそうだった。
シルヴィアは分かっていないのである。
これは慈悲によって与えられた最後のチャンスでしかないのだ。
そんなことは知らないシルヴィアが、そろそろ到着する頃だと考え始めた時、ちょうど体が具現化した。
具現化してすぐ、シルヴィアは声が出ないことに気づく。
なぜだろうと思えども、話そうとすることは何一つ声にならない。
それだけでなく、周りは何も見えないくらいに真っ暗である。
ここはどこだろうと、シルヴィアが手探りで辺りを把握しようとした時。
シルヴィアの体がこの場所からぐっと押し出される。
それに気づいたシルヴィアも合わせて動こうとする。
暗い空間から出たシルヴィアは、息ができないことに気づく。
何とかして息をしようとシルヴィアは頑張った。
そして。
「お、おぎゃゃあああ」
「無事生まれたみたいだね」
「えぇ、元気そうで良かった……」
金髪の男性と黒髪の女性に見つめられながら。こうして、シルヴィアは人として誕生したのである。