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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人助券(ひとだすけん)

作者: 縞虎


 俺はどこにでもいるごく普通のサラリーマン


 人生に大した生き甲斐もなく家と会社を行き来する毎日


 流れに身を任せるように日々を過ごし、気づけば今年で37歳

 人生を謳歌した記憶もおぼろげなまま、いつの間にやらアラフォーだ


 昔は同じスタートラインに立っていたはずの同期達は出世したり結婚したり……俺がボケーっとしてる間に10歩も100歩も先を行かれてしまった


 「人生ってつまんねーな」。乾き切った日常の中でいつしかそれが俺の口癖になっていた


 趣味は無い。夢なんてない。希望なんて勿論持ってない


 そんな調子でこのまま定年までズルズル働き続けるんだろうな。俺がジジイになった頃には何歳いくつが定年になってるのかも分からないが……




 ある日のこと。どこにでもいるごく普通の爺さんに道を尋ねられた

 場所は知っていたのだが言葉で説明するにはちょいと複雑な所なのでそのまま連れて行った


 すると爺さんは財布から紙切れを取り出し俺に手渡したのだ

 そこには『人助券ひとだすけん』と書かれていた


 『人助券ひとだすけん』ってなんだ? 新手のイタズラ? それともドッキリ? 物陰から俺の反応でも隠し撮りしているのか?


 しばらく警戒していたがそんな様子はちっとも無い


 こんな紙切れにいったいなんの意味があるのか。どうせ紙なら千円札くらいくれればよかったのに


 全く意味が分からなかったがとりあえず礼だけ言ってその『人助券ひとだすけん』とやらは財布に仕舞っておいた




 そしてまたある日のこと。目の前を歩いていた子供が転んで泣き出してしまったので慌てて駆け寄る

 なかなか泣き止んでくれないのでちょっとズルいかなと思いつつジュースをご馳走した


 子供は嬉しそうにお礼を言った後で、俺にクシャクシャの紙切れを手渡した

 それは先日、知らない爺さんから貰ったのと同じ『人助券ひとだすけん』だった


 いったいなんなんだこの『人助券ひとだすけん』ってのは。最近流行ってんのか?


 得体の知れない物ではあったが、それ以前に人に親切をするのはなんだか気持ちが良い


 それからというもの、俺は困っている人が居たら積極的に助けるようになった




 ほどなくして『人助券ひとだすけん』が10枚溜まった頃、家に荷物が届いた

 差出人は『全国親切協会』。なんとも胡散臭い組織だと思いつつ荷物を開けるとビックリ


 中には俺が前から行きたいと思っていた超高級レストラン『Na-Lowなろう』の招待券が入っていたのだ


 最初は疑ったがこれも善行を働いた自分へのご褒美なのだと受け取り、早速向かうことにした


 結果から言えば招待券は使えたのだ


 次々と運ばれてくる今までに味わったことの無い料理の数々

 感動した俺はまた『人助券ひとだすけん』が欲しくなった


 そうして善行を繰り返し、今度は30枚貯まった頃。再び宅配便で荷物が届く

 中に入っていたのは最新型のノートパソコン。ちょっと人に親切にしただけでこんなにも素晴らしい物が手に入ってしまうのか


 俺はすっかり『人助券ひとだすけん』の虜になってしまった




 ある日、俺は同僚に尋ねた


「なあ、『人助券ひとだすけん』って知ってるか? 人に親切にすると超いいもんが手に入るんだぜ?」


「知らねーよ。そんな夢みたいなこと言ってる暇があったらそろそろ彼女でもつくれば?」


 とまぁこんな感じで一蹴されたのだが全く悔しくない。むしろこんな素敵なものを知らないなんて損している、と優越感すら覚えてしまう


 その後も俺の親切は止まらない。集めに集めた『人助券ひとだすけん』は現在500枚

 その間にも俺の元には沢山の豪華な荷物が届き続けていた


 家具、家電、有名ブランドの服や財布


 業者がバイクを運んできた時は心底驚かされた


 ここにきて俺の人生は大逆転。華々しい勝ち組の世界へ仲間入りを果たしたのだ


 もっとだ……もっと人に優しくしてやる……困っている人は全員俺が助けてやるんだ……


 道に迷っている人がいたら案内しろ

 重そうな荷物を持っている人がいたら代わりに持ってやれ

 同期が仕事のことで悩んでいるなら相談に乗ってやれ

 電車で優先席に座っている若者がいたから無理矢理退かしてでも老人に譲ってやれ


 自分に言い聞かせるように俺は親切を積み重ねていく




 ある時、ひったくりに遭ったと女性が泣いていた。俺はすぐさま犯人の特徴を聞いて逃げた方へ向かい、無事に鞄を渡すことに成功した


 そして遂に、『人助券ひとだすけん』は1000枚を迎えた。今回の荷物は何かと楽しみにしているとタイミング良くインターホンが鳴る


 今回は小さな箱が複数あるな。しかし一つ一つしっかりとした重さがある


 開けてみて俺は言葉を失った


 箱に隙間無くギッシリと詰まっていたのは札束。数えてみると現金で3億円あったのだ


 当然その日の夜は豪遊だ。キャバクラへ向かい、高い酒を浴びるように飲み続け、終いにはその時店内に居た客全員の会計を支払ってやった


 楽しい……人生ってのはこんなにも輝いていたのか……今まで見てきた景色が全く違うものに見えてくる


 俺の親切はまだまだ留まる所を知らない




 舞台は朝の通勤電車。隣に居た男の手を掴み俺は大声を出す


「オイ! お前痴漢してただろ!」


「ええっ!? してませんよ!」


 騒然とする車内で乗客の視線が俺と痴漢に突き刺さる

 あぁ……なんて気持ちがいいんだ。俺は今、世を汚す犯罪者に勇気を出して立ち向かったヒーローなんだ……


 痴漢を駅員に引き渡した後、被害者の女性は俺に駆け寄って来た


「助けていただきありがとうございます! これをどうぞ!」


 俺の手に握らされる『人助券ひとだすけん』。これだ、この瞬間が最高に堪らないんだよ




 通勤途中、俺の前にいた女が財布を落とした。これは拾ってやらなければーーーー


「すいません。落としましたよ?」


「……あっ! すいません、ありがとうございます!」



 ……は? 俺が拾う前にガキが拾いやがった



 ふざけんじゃねえよ



「……オイ、ちょっと来いよ」


「……え?」




 ビルの間の暗い路地裏。土下座をして許しを乞うガキにトドメの蹴りを入れた後、唾を吐いて俺は立ち去った


 人の困り事は全部俺のもんだ。誰にも邪魔はさせない


 全ては『人助券ひとだすけん』の為。俺の人生をバラ色に染め上げる為だ


 他には何かないか。困っている人はいないか




 ーーーーそうだ。この間、同期が話していたな


「課長の奴うぜぇな。あいつ死んでくんねぇかな」


 ーーーーって






 俺は今、自分の住んでいた街を離れ、どこかも分からないド田舎のあぜ道を歩いている


 なんでも殺人事件の犯人として指名手配されてるらしいのでこんなとこまで逃げざるを得なかったのだ


 ……ハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ


 おかしいよな? なんで俺が罪に問われているんだ?


 俺はただ困っている人を助けただけなのにな。感謝されるのが普通だよな?


 もう何日もまともな飯を食えていない。動くのも面倒くさい


 さっきから鳴り止まないサイレンの音。それは段々と近くなりやがて真っ赤な光が俺の全身を包むように照らした


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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもの文章とガラッと雰囲気が変わりましたね~♪ 主人公が徐々に闇に染まっていくのが、とても自然に描かれていました。 良いですね~♪ こうきましたか~っ! と思いました。(* ̄∇ ̄*) …
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