ASSAULT/SURVIVE
俺は五味流星。
ごみが苗字で、しゅうてぃんぐすたあが名前。本名だ。
『願いが叶えられるように』とか『ゴミと星でスターダスト、超輝けそう』
そんなとち狂った両親の悪ふざけが込められた名前は、皮肉にも、俺から全ての願いを奪ってしまった。
大人には後ろ指をさされクラスメイトからは笑いものにされて、それはそれは流星のように光り輝く青春を送ることができたよ。
なあ、クソみたいな青春を送ったやつが、その後どうなるかわかるか?
俺の人生は輝く流星に攫われて、流星と一緒に摩擦で燃え尽きた。
小学5年生にして引きこもりになった俺には、燃えカスのような人生をダラダラと過ごす間に、長いスパンでイベントが発生した。
長男の失敗を教訓に普通の名前を付けられた弟は結婚し、夫婦揃って金髪ロン毛の両親は、二人仲良く事故でくたばった。
そこそこの財産を弟と分配し家を相続した俺は、今もニートを続けている。
自分以外にはゴキブリか鼠くらいしか同居人のいない広い家だが、俺はやっぱり自分の部屋からほとんど出なかった。
そんな俺も、あと30分で37歳になる。
誰も祝ってくれる奴なんていないし、必要ない。
俺は誕生日ケーキ替わりに、常食しているチョコ菓子を口に放り込むと、毎日の日課でありクソみたいな人生の中で唯一の楽しみへと向かった。
胸の部分に箱の様な生命維持装置が付いた青いパイロットスーツに身を包み、同じ様に、青の配色が多く前面に透明な液晶の付いたヘルメットを装着する。
有機ELディスレイの作動を確認し、部屋の隅に佇む物々しい椅子に腰かけた。
俺は初めて見た時この椅子をマッサージチェアかと思った。
両腕、両足を固定するスリットがあるし、重厚で肉厚、艶消しの黒色、大き目のサイズ感などといった特徴はよく似ている。
だが決定的に違うのは、固定された両腕の先にはジョイスティックが、足元にはフットペダルがそれぞれあることだ。
これは、全領域対応人型機動兵器【Armed・Frame】のパイロットシートだ。
俺は四肢をスリットに押し込み、両腕でジョイスティックを握った。
ジョイスティックとフットペダルを軽く操作し、座席と問題なく連動しているのを確認すると
「CERES! 機体を立ち上げろ!」
俺は愛機、白い巨人【ヴェルトール】のAIに指示を飛ばした。
ヘルメットの有機ELディスプレイに光が灯り、情報の羅列をスクロースさせ、俺の見ている景色をゴミの散らばる汚部屋から、鋼の巨人が整然と立ち並ぶ格納庫へと変化させる。
ヘルメットの内部スピーカーと微かに振動するシートが、火の入ったエンジンの静かな咆哮を伝えてくれる。
今の俺は、汚物しか作らないキモデブゴミニートではない。
敵のこと如くを鉄塊にかえる、金髪碧眼の連合地球軍エースパイロット――
『キリヤ・リュウセイ少尉』だ。
――ASSAULT/SURVIVE、通称AS。
2036年現在、世界中で大流行の高機動ロボットアクションVRゲーム。
左胸の生命維持装置を模した箱がゲーム機本体で、VR機能の付いたヘルメット型デバイスは大手ゲーム会社の汎用品だ。
俺は、スーツに合わせたカラーのVRヘルメットが付いてくる同梱版を買った。
パイロットスーツとヘルメット型VRデバイス、あとはコントローラーがあればASは遊べるのだが、俺は当然、オプションのパイロットシート(税込み29万8000円)も購入した。
折角、憧れの人型機動兵器に乗るのに、前時代的なコントローラー操作なんて、味気ないだろう?
良い値段のするパイロットシートだが、値段分の価値は十分にあった。
なんせ、機体の動きに合わせ傾いたり、ダメージによる衝撃、振動など、本当に機動兵器に搭乗しているように錯覚するほどの臨場感を手に入れられるのだ。
ロボットを操縦するためなら、30万くらい安いものだ。
《ポイント【アルファ371】にて友軍が敵AFと接敵、救援要請をしています。
マスター、出撃されますか?》
抑揚のない機械的な女性の声、機体AI――という設定のCERESが告げる。
これは要するに、
『他プレーヤーとのマッチング準備が整ったけど、対戦しますか?』
ということだ。
対戦ステージごとに、CERESの報告には色々なバリエーションがある。
今回は【アルファ371】だが、他には民間コロニーが襲われているとか、巨大生命体のいる未知の惑星の調査中に敵と鉢合わせしたとか、そんなのだ。
【アルファ371】は、雪の舞う白銀の惑星のことだ。
正直、俺はあまりこのステージが好きではないので
「否定。そちらは別の部隊に任せよう」
再マッチングすることにした。
しばらく他の対戦プレイヤーを待った後、
《民間コロニー、サイド12が襲撃を受けています。マスター、出撃され――》
「肯定。出撃するぞ」
俺はお気に入りのステージがきたので、迷わず出撃を選んだ。
このステージは、未来世界が広がるコロニー街が戦場だ。
筒状のコロニーのため、天井にも街が、地面にも街がある。
プレーヤーは、コロニーの中空で空戦をしてもいいし、どこかに接地して建物を利用しながら戦ってもいい。
とにかく、プレーヤーの総合力が試される、ご機嫌な戦場フィールドだ。
《司令部より出撃許可。機体を射出装置に移動させます》
無事にマッチングが成功したことを告げる音声が耳に届いた。
機体が固定されていたハンガーが前にせり出し、機体の各部を固定する。
そのままハンガーごと移動を開始し、機体のスリッパと同じ形をした地面にある電磁射出装置に機体を接続した。
僅かな振動とともに、ディスプレイには【STUNDBY】の文字。
俺は息を大きく吸い込んだ。何度やっても、出撃には胸が高鳴る。
「キリヤ・リュウセイ少尉! ヴェルトール、出撃する!」
音声認識システムが俺の声を正常に拾い、
【STUNDBY】が【LAUNCH】へと変わった。
瞬間、体が後ろへ引っ張られる強烈なGと共に、俺を内包した鋼鉄の白い巨人は電磁射出装置の猛烈な加速を受けて宇宙空間に射出された。
ASSAULT/SURVIVEの設定はこうだ。
西暦2249年。
突如とし宇宙コロニー群が【HUAST】の発足を宣言。
地球に対し、全てのコロニーが結束し、独立戦争をしかけた。
既に地球の資源は枯渇しており、様々な衛星から希少金属などを供給可能なHUASTに対し、地球側も【地球連合軍】を創設して対抗するものの、次第に追い詰められていく。
地球連合軍の敗北は時間の問題かと思われたが、秘密裏に開発された全領域対応人型機動兵器【Armed・Frame】、通称AFを戦線に投入、戦況を覆すことに成功する。
しかし、HUAST側も豊富な資源を基に独自にAFを開発し、巨人が主役となった戦争は、泥沼に陥ったまま一進一退の膠着状態が続くこととなった。
そして舞台は西暦2257年。
一人の新任パイロットが配属されたところから、物語は始まる。
これが公式サイトに載っている舞台設定である。
ASでは、プレイヤーは自分の分身アバターとなるキャラクター作成時に、地球連合軍とHUAST、二つの勢力の中から、所属を選択することになる。
俺が選んだのは地球連合軍。
使える機体には正統派っぽいものが多いし、地球連合軍でしか選択できないこの機体、ヴェルトールに一目惚れしたので、迷わず即決した。
一風変わった見た目の機体が多く、装備もビームブーメランとか、ドリルとか、癖のあるものが揃っているHUASTにも興味はそそられたが、それはいい。
俺はその内サブアカを作ってHUASTで楽しむことに決めている。
プレイヤーはどちらかの勢力の一パイロットして戦場を駆けていく。
階級を上げることで、それに伴い多種多様な機体や武器、特殊装備が解禁されるので、日夜、老若男女、世界中のパイロットが戦場で激しくせめぎ合っている。
もっともまだ、階級は少尉までしか解放されていないのだが。
公式によると、何度かのアップデートと共に徐々に階級の上限を解放し、一年後に配信の大型アップデート【Operation・Ragnarθk】で全ての上限を取っ払う予定らしい。
俺の分身、キリヤ・リュウセイはネットでも名の知れたエースパイロットだ。
日本最速で少尉になった俺を、日本のASプレーヤーで知らないやつはいない。
俺の贅肉の付いた腕とは違う、引き締まったリュウセイの腕が機体を操作し、機体の後頭部のカメラが捉えた映像をモニターに拡大した。
リュウセイが今までいた母艦【地球連合軍ペガサス級7番艦オケアノス】がこちらに艦首を向けているのが見える。
中々にカッコいいデザインで、俺は200分の1のプラモを予約して購入した。
《コロニー外壁に損傷。敵AFはコロニー内部に侵入済みと想定されます》
前方に見え始めたコロニーの外壁を拡大してCERESが報告する。
その言葉通り、映し出されたコロニー外壁の一部分には、大穴がぽっかりと口を開けていた。
ASSAULT/SURVIVEは勢力ごとにバトル開始のシチュエーションに差があり、このサイド12では、HUAST側がコロニー内部で待ち受けるのに対し、地球連合軍側がコロニーに侵入するところで開戦となる。
HUAST側は待ち伏せが出来るので、ぶっちゃけこのステージのバランスは悪い。
もっとも、多少の不利程度、俺とヴェルトールには関係ないのだが……。
『うわすっげ! 本物の白い流星だ!』
『マジかよ! このバトル、勝ち確じゃん!』
左右から接近してきた僚機、この戦闘に一緒に参加する他のプレーヤーが通信越しに驚きの声をあげているのが聞こえた。
白い流星とは、ネットの掲示板で誰かが俺につけた異名だ。
僚機の装備を確認すると、右側の機体は、軍曹に上がった際に解放される緑色のペイントを施された【アキレス】。頭部にモヒカン型のアンテナがついた機体だ。
接近戦が得意な機体性能を活かし、大型のハルバードを装備している。
左側で俺に手を振っているのは【シュライク】。細身のシルエットの偵察機だ。
機体カラーは初期開放のニュートラルグレー。
左肩に大きなレドームが装備されており、主武器に長距離狙撃用大口径ライフルを持っている。
アキレスの方はともかく、シュライクのプレーヤーに期待はできなさそうだ。
コロニー内の戦闘に適した機体と装備ではない。エンジョイ勢だろう。
『白い流星……日本一の力、見せてもらうわよ』
見ると、視界の片隅に小さく表示されたウィンドウに、超絶美少女のアバターが映っている。
ボイスチェンジャーを使った男かもしれないが、俺にはわかった。
これは現実リアルでも美少女だ。
彼女が映っているウィンドウの下には、『黒い三年生』と表記されている。
それは、常にランキング上位にいる上位プレーヤーランカーの名前だった。
何でも、現実世界リアルでは中学3年生らしい。
受験勉強はいいのかと心配になるが、俺にそれを言及する資格は一切ない。
ヴェルトールの平均的な性能のレーダーが、後方より接近する黒い三年生の機体を、△マークとしてディスプレイに表示させている。
彼女の機体が、挑発するように回転しながら俺の機体を追い抜かした。
背部に大型のブースターが装備された、高機動が売りの機体、【ガーベラ】だ。
曹長昇進時のプレゼント品、漆黒のペイントに、機体の左肩にはガーベラの花をモチーフにしたマーキングがある。
「ご期待に添える様に頑張るよ。日本一強いJCさん」
俺は自信満々に言い放った。
アキレスとシュライクの両パイロットから、『渋いっす!』『マジかっけえ!』など、称賛する声があがる。
『最後の一人はまだマッチングしないのかしら? 遅いわね』
JCの言う通りだった。
このサイド12ステージでは、5on5で戦闘する。
しかし、5人目がまだ現れない。クソ回線だとしても、遅すぎる。
《緊急警告。熱源接近。回避を推奨します》
CERESが、アラート音とともに敵機の攻撃を警告した。
反射的に機体を操り、回避する。
コロニーの大穴から真っすぐに飛来した光の弾丸が、回避に失敗したシュライクに直撃した。
『ぐわあああああ!』
俺と同じくオプションシートを使っているのか、敵AFの攻撃を受けたシュライクのプレーヤーは、通信越しにやや大げさな苦痛の声を伝えてきた。
『ど、どうなってるの!?』
『な、なんだよこれ!?』
無事だった二人から、同時に上がるのは驚愕の声。
それはそうだ。まだ俺たちはコロニーに侵入バトルスタートしていない。
俺たちが知らない間に仕様が変わったのだろうか?
それなら、5人目のプレーヤーが来ないことにも納得できる。
しかし……
『痛い! 痛いよおおおおおお! ああああああああ!』
攻撃を受けたシュライクのパイロットが絶叫した。
歴戦の戦士という風貌の彼のアバターの表情には苦痛と、油汗が浮かんでいる。
おかしい。ダメージの際に苦痛の表情をする仕様はあるが、ちょっとリアリティが有り過ぎる。
それに、この痛がり方は演技にしては、真に迫っていないか?
《敵AF接近。対応行動を推奨》
CERESが告げる。
見ると、大穴からは敵AFが出て来ていた。
その数は実に12機。こちらが4機に対し、3倍の数。
4対12。
対戦ゲームで、いったいどんな調整をしたらこうなるのだろうか。
俺はVRデバイスであるヘルメットを脱いだ。
すぐに公式HPをチェックして、こんなふざけた調整内容をした運営に、即刻抗議しようと思ったのだ。
VRデバイスを外したことで、俺の視界は元の汚部屋に——
「う、嘘だろ……?」
驚愕にヘルメットを落とした俺の肉眼が映したのは、前面の大型スクリーン。
右、左と見回すと、俺は金属で出来た狭い密閉空間にいた。
俺は自分の部屋にいたんだ。そんなことは絶対に有り得ない。
俺の目自体がVRデバイスになったとでもいうのか。
《ロックオンされています》
CERESの声はヘルメットの中だけでなく、空間自体に響いていた。
俺は、反射的に機体を操って、接近してきた敵AFを難なく撃破した。
《撃破。敵AF、残機11》
敵機撃破の報告をするCERESの声が、どこか遠くに感じる。
視線を落とすと、手元には見慣れたいつものスティック。
しかし、それを握る腕は五味流星の脂肪の付いた太い腕ではい。
『ぎゃああああああああああ!』
直撃を受けて爆発四散したシュライクのパイロットの断末魔も、電子世界のものではない。
コクピットから放り出されて真っ二つになった彼が、血の玉をまき散らしながら宇宙空間をふわふわと漂っているのをヴェルトールの輝く双眸が捉えていた。
そろそろ五味流星は37歳の誕生日を迎えているだろう。
神様は37歳の誕生日プレゼントに、俺にとんでもないものを寄越した。
どうやらここは本物の戦場で、俺は本物のキリヤ・リュウセイになったらしい。
「……上等だ」
不敵な笑みを浮かべて呟くと、俺はフットペダルを踏み込んだ。
――
「武装交換! ファルシオン!」
《了解。武装交換、完了しました》
「敵AFへ切り込む! 戦闘機動を全て手動操作へ!」
スイッチライフルを右腰のウェポンラックに固定し、背中から片刃の長剣を抜刀したヴェルトールが、両手で巨大な斧を構えた敵AFへ向けて飛翔する。
各部のアポジモーターを作動させ、角度、位置を小刻みに変化させながら肉薄。
こちらの動きについてこれず、対応に迷った敵AFへすれ違いざまに一閃。
メカニカルな尻尾の生えた異形の敵AFが、胴体から両断された。
《撃破。敵AF、残機8》
俺は漆黒の宇宙そらを駆ける。
全高8.7メートルの巨人を自在に動かし、回避し、斬る。
《撃破。敵AF、残機7。僚機に損傷》
CERESの起伏のない淡々とした報告に、背筋が凍りつく。
機体の状態を表す、モニターに表示されたアキレスの全体像の右腕と右足が赤くなっていた。
『た、助けてえええええええええ!』
「クソッ! 今行く!」
シュライクのパイロットプレーヤーに叫び、彼の機体をカバーすべく機体を突進させた。
だが、それより早く敵AFが彼を包囲し、既に死に体となり満足に回避行動の取れないシュライクに、致命的な攻撃を加える。
『ひっ、あがああああああああ!』
ニードルガンに全身を貫かれたアキレスが、爆散した。
即座に敵AF群が、こちらへと目標を切り替える。
《僚機が消失しました。敵AF5機からロックオン。撤退を推奨します》
尻尾を巻いて逃げろというCERESの提案は当然だ。
考えても見てくれ。5人を相手に1人で喧嘩して勝てるか?
俺の口端がゆっくりと持ち上がる。諦めではなく、単なる笑み。
それが誰にとっても等しく絶望的な状況であろうが……
—―キリヤ・リュウセイとヴェルトールなら勝てる。
「行くぞ! リミッター解除!! 完全開放!!!」
《了解。限界時間まで秒読み開始》
機動力以外が全体的に性能の低いヴェルトールには、一つの特殊機能がある。
エンジン出力を、機体自体が耐えられない程の危険域まで上昇させて180秒の間だけ機体性能を爆発的に向上させる【完全開放】だ。
しかし、人間の限界を超えるとまで言われる機体性能を引き出せるパイロットは俺しかおらず、ASスレでは【クソ機体】【評価Dランク】【理論値最強の産廃】と散々な評価を受けているヴェルトール。
俺から見れば、周りの奴らがこの機体を扱えないだけで、ヴェルトールは間違いなく最高の機体なのだが……。
起動時を上回るブラックホールエンジンの咆哮に、機体の出力と俺の精神が限界を超えて極限まで高まっていく。
《敵AFの射程圏内に入りました。きます》
CERESの言った通り、敵AFが一斉に攻撃した。
だが俺は、飛来する殺意に機体の残像すら触らせない。
あらゆるAFの自動照準が追えない超機動で、白い巨人が戦場を蹂躙する。
《撃破。敵アーム――撃破。撃破。敵AF――撃破。敵AF、残機1》
俺は最後の一機を直上から撃ち抜いた。
ヴェルトールを見失い闇雲に回避機動を取っていた敵AFが、光に包まれる。
《撃破。敵AF、全機殲滅完了。機体を戦闘状態から索敵状態へ移行させます》
俺は、シートの背もたれに身を預けて息をついた。
オプションで購入したシートとよく似ているが、こちらの方が座り心地が悪い。
『私たち、一体どうなっちゃったの?』
敵AF2機を問題なく撃破したガーベラが傍までやってきて、そのパイロットのJCが言った。
「信じられないが、ASSAULT/SURVIVEの世界に転生……いや、分身に魂だけ乗り移ったみたいだな」
『そんな! 冗談でしょう!?』
「ヘルメットを脱いでみろ。何が見える?」
彼女がヘルメットを脱ぐと、ヘルメットの中で纏められていた長い金髪が、パッと広がった。
白く透き通った肌に映える、髪と同じ色の大きな瞳。
その瞳が、一瞬の内に疑念から驚愕へと様相を変える。
『……もしかしたらとは思ってたけど、認めるしかないわね』
暫しの無言、静寂がコックピットを包む。
その静寂を破ったのは、俺でも、彼女でもなかった。
『素晴らしい戦果ですリュウセイ少尉! リリー曹長も御疲れ様! 二人とも帰投してください!』
明るい少女の声。
飛び跳ねそうになりながらも、俺は気付いた。
JCの通信ウィンドウの隣に、もう一つウィンドウが開いている。
そこで笑顔を向けてくれているのは、プレーヤーを支える通信士のチヒロ二等兵だ。彼女は幼い顔立ちに低い身長、巨乳という容姿でプレーヤーを慕うオケアノスのアイドル的存在……という設定のキャラだ。
かなりの人気キャラクターであり、コミケでも彼女の薄い本は結構多いらしい。
「えっと、帰投、帰投ね。了解」
あっけにとられているJCに変わって返事をしてやる。
待てよ? 今、千裕はJCのことを
『チヒロさん! 今、私のことなんて呼びました!?』
『え? ……どうしたんですか、リリー曹長?』
やはりそうだ。
どうやら、俺はプレイヤーネームであるリュウセイのままだが、彼女はリリーという名前に変化しているらしい。
当然か。どこの世界にも『黒い三年生』なんて名前の人間はいないだろう。
『私はリリー……。では、セカンドネームは何ですか!?』
『え、ええ? リリー・ベル曹長……ですよね?』
チヒロは大きくて丸い目をパチパチさせながら困惑している。
そして俺に個人回線を開いて彼女は
『リュウセイ少尉、リリー曹長は頭でも打たれたのでしょうか? こちらでは機体の損傷は確認できないのですが……』
「いや、仲間を失くしたショックで混乱しているんだ。ちなみに俺も冷静にみえて凄く動揺している。だから帰投したあとおかしなことを言ったりしても気にしないでくれ」
『? 了解しました』
そんなやり取りをして、俺は気付いた。
ASSAULT/SUEVIVEなら戦闘終了後は自動帰投するが、この場合どうな――
《機体を自動帰投させます》
あっ。そう、助かります。別に自分で操縦しても帰れるけどね。
機体が勝手に動いて、オケアノスへの進路をとった。
と、俺を熱っぽく見つめているチヒロに気付く。
「……どうかした?」
『えっ!? あ、あの! ごごごごめんなさい!』
ぶつん。
チヒロとの通信が切れてしまった。
ひょっとして、ひょっとするのだろうか。
現実世界では37年間女の子と手すら握った記憶のない俺だが、こっちの世界の俺はイケメンのエースパイロットだ。
好意を寄せてくる女の子が一人や二人いても不思議ではないだろう。
だが、俺の予想は大きく裏切られた。
「おかえりなさい! リュウセイ様!」
「お疲れさまでした! これ、私の手作りクッキーです!」
「リュウセイ様! あ、あとで食事をご一緒しても……」
「す、好きです! わ、私と付き合ってください!」
「抜け駆けはダメ! リュウセイ様は私と付き合うんだから!」
「私とよ! あんたたちは引っ込んでなさい!」
「はぁ!? てめえは黙ってろよドブス!」
「何よ! あんたが黙ってなさいよ! この発情猫!」
俺に好意を寄せている女の子がいるかも……どころの話しではなかった。
格納庫でコックピットから出た俺を待っていたのは、無重力空間に漂う女の子、女の子、女の子――
「はっはっは。待ってくれたまえ。俺はみんなのキリヤ・リュウセ――」
「馬鹿やってないで行くわよ。色々調べたいこともあるし」
人生初の壮絶なモテキを味わっていた俺を、元黒い三年生、現リリーが後ろから捕獲した。
女の子たちの恨みのこもった視線に全く怯むことなく、彼女は俺を抱えたまま、格納庫の出口に向けて浮遊していく。
俺の視線の先、こちらを熱っぽく見つめる女の子たちの向こう側で、ハンガーに戻ったヴェルトールが整備を受けているのが見えた。
白い巨人を眺めながら、俺は思った。
輝く流星の物語は、今、始まったのだと。
ロボットアニメの一話をイメージしました。
現在連載中の作品が終了次第、こちらもシリーズ化しようかな、と考えています。
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