67話 暗がりの中で
「マリー……?」
その名は何者かは知らない。
なのに、なぜか覚えがあった。
【うぅあああああああああああああああああ!】
その絶叫で我に返り、自らの体を省みる。
左腕は動けず、複数の弾丸に貫かれ、全身流血。
『瞬功』による反動で少しだけ体が痛む。
【わた、わたわたし、私を!】
先ほどの名は遠い昔……恐らく前世の記憶。
迅滅狼と呼ばれた魔王の記憶だろう。
そして、呼び覚まされたのはそれだけにあらず。
全身流血、巨大な災禍、動かなくなりゆく体。
絶望的状況に、なぜか俺は歓喜していた。
「…………」
この状況が懐かしくて、久しい感覚だった。
契約したからか、力が湧いてくる。
負ける気が───しない!
「『瞬功』」
防壁ごと、最大の『破導衝』を叩き込む。
つまり狙うは一撃決殺だ。
【見て見て見て見てわたしわたしををををを!】
暴走する弾丸。その全てを視認し、隙間を縫って最小限の動きで回避する。
だが、隙がなかなか見つからない。
「…………」
自分を中心に弾丸が放たれている。
眩い月光に照らされて、自分の姿は剥き出しになっているというのに、まるで探るような攻撃。
そう、暗闇でもがくような……
「……”凶堕ち”」
真っ暗で何も見えない闇に絶望した時、人は堕ちる。憎み、暗黒界を破壊したくて、墜ちるのだ。
「一歩違えば、アベルも、俺も……」
闇に沈んだ自分を引っ張り上げてくれる存在。アベルには帰る場所があるように、俺には主がいる。
そして、彼女にとっては自分だったのだろう。
「なら、俺が引導を渡した方がせめての救いか」
どのみち短期で決着しなければならないのだ。
と、魔弾の射程外へ後退し、距離を取る。
もう一度、静かに息を潜める。
「……疾く、疾く」
疾く、音よりも疾く、探られるよりも疾く!
アートは低く構え、力を溜める。
びきびきと筋が千切れる。
【私に、名前を─────】
ギギギギ、と空間が軋み、数千の黒珠が空を覆う。
「『最大瞬功』」
地が弾け飛ぶ。それは音速を超えた突貫。
黒天動地。全ての魔弾が放たれる───
───よりも早く。
マリーの視界の中空へと飛び出した。
凄絶な速度を乗せた『破導衝』を叩き込む。
「─────あ」
声を漏らした時はすでに遅く。
マリーの顔が、狂喜に裂けていた。
【『狂 血』】
───貴方を、黒く、狂おしく、染めてあげる。
マリーから溢れ出るは、黒の濁流。
己の感情が黒く侵食されていく。
それは一方通行の想い。
自分のものにしたい。愛したい。振り向かせたい。見られたい。覚えていてほしい。忘れないで。奪いたい。愛されたい。自分だけを見ていてほしい。
愛憎が掻き回される。
狂うほどの羨望が侵食されゆく。
そして、渦巻く黒の感情の最奥。
とある少女の声が聞こえた。
────常に独りだったでしょ?
「…………違う……!」
───貴方は孤高で、強かった狼人。
ただ一人で戦い、自分のためだけに生きた。
その果てに後悔なんてなかったでしょ?
「……違う!」
自分のもののではない記憶の中。
その最後の記憶は後悔だらけで、心残りもあった。
そして、その中にはマリー、お前も───!
───……なら、貴方は何の為に戦っているの?
「そんなの、決まっている……!」
俺は暗闇の中に暖かい光を見た。
光に惹かれたのだ。だから、忠誠を誓ったのだ。
記憶なんて関係ない。俺を導く光があれば……
それさえあれば、いつだって俺は───!
───白狼。
忠誠の高さがそのまま強さとなる《聖獣》。
体毛が黒く変貌しようと、その白さは変わらない。
そして、今。
アートの忠誠が、眩く、輝く───。
【──────白】
マリーの視界が純白に包まれる。
その中に、煌々と輝く、白い狼を見た。
次話「見えたもの」




