63話 月夜の語らい
「あら、起きていらっしゃったのね」
「お、オリヴィエ……?」
俺に乗っかる獅子の少女。
早々に抵抗するも、抜け出せない。
「うふふ」
オリヴィエの顔も火照っているようにも見える。
かっちりと腹部を固定されて動けない。
「ねぇ」
息のかかる距離に顔を近づけられる。
金色の髪を耳にかけて、俺の瞳をじっと見つめる。
「転移する前に来た子…エンジェと言いましたわね」
「……?」
エンジェがどうしたというのだろう。
「すでにあなたの心は、あの子にあるのでしょう?」
「何を言って……」
咄嗟に否定してしまうが、この先を言わせまいと、頬を舐めるように指で触れられる。
「誤魔化さなくとも瞳を見ればわかりますわ。妾は人を見る目には自信がありますの……ダーリン、あなたはあの子に惹かれている」
「……違う」
「いいえ、いいえ、違わないですわ。普通のやり方ではあなたの心に割り込めない。そう、普通では……」
そして、艶かしい小悪魔の笑みで息のかかる距離に迫り、誘惑するように告げられる。
「なので、既成真実を作っちゃおうかと思いまして」
きょ、極端すぎる!
これだけはするまいと思っていたが、『気衝』で強引に拘束を解く。僅かに気を溜めて放とうとした、その時、俺の顔に影が落ちる。
「あら……貴女もですの?」
見上げるとエリーが立ち塞がっていた。
「え、エリー!助かった!」
「……これはどういうことよ?」
「あ……いや、これは………」
あの見下す表情は聞く耳を持ってくれないやつだ。
軽蔑するような瞳で、すっ、と片足を上げた。
「ま、待て……あぶねっ!」
躊躇なく俺の顔を踏みつぶそうとしてきた。
「何よ何よ!どうせ私なんか眼中にないんでしょ!」
地団駄をするように連打される。
そこで、オリヴィエの制止の声が掛かる。
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいな!」
「うっ……何よ」
「それでは伝わらないって分かりませんの?」
「……うっさい!」
「あ……」
テントを乱暴に開け放って去って行った。
何か怒らせることを言ったのだろうか、と俺は彼女を見送った。すると、オリヴィエはいつの間にか我を取り戻して、「ふぅ」と俺の上から離れた。
「………今日のところは引きますわ」
はだけた胸元を閉じて、テントの幕に手をかけたところで振り向く。その時の微笑みが少し申し訳なさそうに見えた。
「妾も、応えてくれるときを待っておりますわ」
と、言い残して行った。
俺はそのまま頭を藁に倒した。
そして、大きくため息を吐く。
「………応える、か」
かつてアートに言われたことが突き刺さる。
確かに、俺は応えていない。
「どっちが子供なんだろうな」
俺の方が子供扱いしといて、どっちがガキなんだよって話だ。
相手に求めてばかりで、何も応えていなかった。
前世から変わっていないところだ。
「エリーともちゃんと話さないとな」
色々あったから…というのも言い訳。
エリーと再会してからロクに話していなかった。
「………よし」
起き上がって、ぱん!と頬を叩く。
鉄は熱いうちに打て、だ。エリーの所に行こう。
◇◆
エリーのいるテントを発見する。真っ暗だったが、入り口は開け放しだ。覗き込むと、藁にしがみついて眠るエリー。どうするか一瞬迷ったが、今話した方が良いような気がした。
早速小さく呼びかけてみる。
「………起きてるか?」
「……ん」
小さな返答らしき声が聞こえた。
「入っていいか?」
「………だめ」
「……入るぞ」
遠慮なく入らせてもらう。エリーも拒否もしていないようだし、俺はエリーの隣で足を伸ばして座る。
「エリー、冒険に行く約束だけどさ」
「無理しなくてもいいわよ」
「いいや、一緒に行こう」
「……ん」
もう曖昧にはしない。うわべにはしない。
エリーと向き合うんだ。
「冒険は楽しかったぞ。それどころじゃない時も多かったが、どれも新鮮で知らないことだらけだった」
「………」
「そうだな……初めて冒険者になった時は───」
いきなり牛鬼と戦わされたり、翼竜の軍勢と戦ったりと冒険譚を語った。原初の火や魔神、そして、土くれの元魔王とも戦ったことも。
「────すると、急に時間が止まったのだ」
「──時間が? それって大魔術じゃ……」
モメントから、シバに至るまでの冒険。エリーとの間に空いた時間を埋め合わせるように、俺の冒険の全てを話した。
「──石化する魔眼を持った蛇人だったのだ」
「───えっ、それでどうなったの?」
エリーも最初はそっぽ向いたままだったが、いつの間にか、絵本を聞かされる子供のように目を輝かせて聞いてくれた。
少しだけ名残惜しい気もするが、物語も終わり。
「───えぇ? あんた、船苦手だったの?」
「ああ、本当に最悪だった。吐き気に襲われながらも大海竜と戦ったんだ。カスピがいなければ今頃、胃袋に溶かされていたかもな」
「えぇ〜……」
怪訝な顔になるエリーだったが、興味に輝く、喜怒哀楽に移り変わる表情を見たのは久々だ。
「……そんな訳でな、これまで旅を超えてお前とようやく再会できた。嬉しくなかった訳じゃないんだ」
「………ん」
「お前もきれいになっていたし、ものすごく強くなっていた。どう接したらいいのか分からなかったんだ」
否定されることを恐れてばかりでは前に進めない。
今度こそ。
「…今更かもしれないが、エリーのことを知りたい」
今度こそ、応えるのだ。
俺から歩み寄るんだ。
「だから、一緒に冒険しよう」
「……約束よ?」
「ああ、約束だ」
小さく嬉しそうに頷いた。エリーはそのまま、そっぽを向くように体を返した。
静寂の時が流れ、すぅすぅと寝息が聞こえた。
「……これで良かったかな」
と、俺は静かにテントの外に出る。
空気が冷えていて、わずかに体が震えてしまう。
見上げると、夜空に満月が浮かんでいた。
ふぅ、と白い溜息が出た。
「……約束、増えてしまったな」
小さく呟きながらも、嬉しい気持ちで一杯だった。
次話「契約獣」